この日も1トップとして先発したのは、40歳の元日本代表FW矢野貴章。シーズン中盤からはすっかり出番を失っていたが、残留争いで苦戦を強いられているチーム事情にあって、イレブンを落ち着かせるベテランが必要と感じた小林伸二監督の意図だろう。
しかし、このピンチに四十路のプレーヤーをピッチに送り出さざるを得ない現状が栃木の苦境を物語っている。事実、後半7分に矢野に代わって投入されたFW宮崎鴻の高さと強さに、清水DF陣は大いに手を焼いた。宮崎がスタメンだったら、結果は違っていたかもしれない。
ここでは清水戦を振り返ると共に、今2024シーズンを通した低迷の要因や、来2025シーズンに向けてのポジティブな要素に着目したい。
“幻のゴール”後も試合を支配した栃木
ホイッスル直後からペース配分など考えず、フルスロットルで清水に襲い掛かった栃木イレブン。そして前半3分、FW南野遥海のCKのこぼれ球に反応したMF石田凌太郎がミドルシュートを清水ゴールに突き刺す。誰しもが栃木の意地を見せる先制ゴールと思った矢先、岡部拓人主審が清水GK沖悠哉のアピールを受ける形で副審と協議すると、何とゴールを取り消してしまう。オフサイドの位置にいた矢野がGKのブラインドとなったという判定だったが、そもそもゴールの瞬間、副審の旗は上がっていなかった上に、リプレーを見返すと、矢野はシュートされたボールから逃げる動きをしていた。
VARのないJ2において、失点したチームからのアピールで判定が覆るという珍しい“事故”によって重要な試合での先制点を取り消されても、小林監督や栃木イレブンは抗議する姿勢も見せず、“ファインゴール”を決めた石田も苦笑いするにとどまった。仮にこれがJ1だったら大問題になるはず。これをすんなりと受け入れた栃木はクリーンという言い方もできるが、逆の視点から見れば、勝負への執念に欠けると思われても致し方ない。
事実、この判定によって清水は勝利を手にしてJ1昇格を決め、栃木はJ3降格となってしまったのだからなおさらだ。“幻のゴール”の後も栃木は試合を支配し、ハイプレスで何度も清水ゴールに迫ったが、前半のうちに先制できなかったことが結果的に響いた。
後半5分に、CKから清水DF住吉ジェラニレショーンに先制点を許すと、小林監督は次々と攻撃のカードを切り、ついにはDFラファエルを投入し前線に配置するなどパワープレーで清水を苦しめ、清水FW北川航也を退場に追い込むなど、最後までがっぷり四つの戦いを見せた。
今季最多の1万6476人を集めたこの一戦。もちろん昇格の瞬間をこの目で見たい清水サポーターが集結したこともあるが、栃木サポーターもコレオでチームを鼓舞し、敗戦の瞬間もブーイングもせず、マナーの良さは心地良かった。しかし、その優しさがこの結果を生んだ一因であるとするならば皮肉な話だ。
2024シーズン低迷を招いた要因は
今2024シーズン栃木は、Jクラブ初指導となる、常葉大サッカー部コーチの元日本代表DF田中誠氏を監督に招聘、ヘッドコーチには前ツエーゲン金沢(2017-2023)監督で、ジュビロ磐田(2003、2009-2011)、北海道コンサドーレ札幌(2004-2006)、アルビレックス新潟(2012-2015)と、Jでの指導経験が豊富な柳下正明氏をヘッドコーチに迎え、開幕を迎えた。しかし田中監督は、センターバックを相手FWのマンマークに付け、時には中盤の位置にまで上がる最新戦術「バルトラロール(ベティスの元スペイン代表DFマルク・バルトラが由来)」を採用するも、開幕2連敗スタートとなり、その後連勝したが、田中・柳下体制での連勝は一度きり。チームは低空飛行を続け、4月21日の第11節鹿児島ユナイテッド戦(白波スタジアム1-2)から、5月19日ホームの第16節ベガルタ仙台戦(1-2)まで6連敗を喫してしまう。
その間、5月14日には田中監督と柳下ヘッドが解任。後任には大分トリニータ(2001-03)、セレッソ大阪(2004-06)、モンテディオ山形(2008-11)、徳島ヴォルティス(2016-17)、清水(2016-17)、ギラヴァンツ北九州(2019-21、2023)と、Jクラブの監督経験が豊富で、守備戦術の構築には定評がある小林監督が就任した。
しかし、一度狂った歯車を修正することができないまま、前半戦を降格圏内の19位で折り返し、小林体制初勝利は、6月16日第20節の大分戦(レゾナックドーム大分2-0)まで待たされることになる。
試合結果だけ見ると一方的に圧倒された大敗続きというわけではなく、清水戦の18敗目を含め、1点差負けが12試合と勝負弱さが目立つ。
12試合にも上る1点差負け試合のなかで、せめて半分でも引き分けに持ち込めていればこのような結末を迎えることはなかったであろうが、得点数が試合数よりも少ない「33」という得点力不足も、低迷を招いた一因だろう。
小林監督の続投が好ましい理由
栃木の過去の指揮官は、田坂和昭監督(2019-21)、時崎悠監督(2022-23)と、J3福島ユナイテッドから招聘する人事が続いた。田坂体制下では守備偏重の戦術を採用したものの得点力不足に悩み、時崎体制となり今度は攻撃的サッカーを志向したものの失点癖が止まらなくなるなど、チームカラーが一貫しなかった。さらに、地元の栃木出身で昨2023シーズンまで在籍し攻撃陣を引っ張っていたMF西谷優希が、双子の弟・和希がいる金沢へ移籍。主将を務めていたMF佐藤祥や、DFリーダーと期待されていた福森健太の負傷離脱も響いた。
攻撃陣では、ユース育ちの生え抜き選手として期待されていたFW小堀空の低調なパフォーマンスや、フィジカルに長けるナイジェリア人FWイスマイラを有効に起用できなかった点も響く。ガンバ大阪からのレンタル選手でチーム最多の7得点を記録した南野と、6得点を記録した生え抜きの宮崎の、個人の技術に頼る状況だった。
J3で迎えることとなった来2025シーズン、小林監督の去就やレンタル選手の動向など不確定要素が多い栃木だが、“昇格請負人”の異名を取る小林監督の続投が好ましいように思われる。春季キャンプから戦術を叩き込むことで、手堅く勝ち点を稼ぐチームに様変わりすることが期待できるからだ。
チーム編成に関しても、育成型期限付き移籍の立場である南野を残留させることができれば、攻撃の中心としてJ3の得点王争いにも顔を出すだろう。
J3を舞台に「栃木ダービー」が誕生
もう1つ、起爆剤となり得るのが、現在JFL首位を独走する栃木シティFCの存在だ。このまま昇格を成し遂げれば、J3を舞台に「栃木ダービー」が誕生することになる。奇しくもこの2チームは、前身クラブの創立年が同じ1947年(栃木SC=栃木蹴球団、栃木シティ=日立栃木サッカー部)。本拠地は、栃木SCが県庁所在地の宇都宮市だが、栃木シティは1884年まで県庁があった栃木市という“因縁”もある。
降格し1年でのJ2復帰を目指す栃木SCと、ついにJの仲間入りを果たし勢いに乗る栃木シティという立ち位置の違いは明らかだが、だからこそ盛り上がりが期待できるだろう。J3でのダービーとしては、歴史的に対立関係にあった松本山雅と長野パルセイロの「信州ダービー」が有名で、3部リーグにも関わらず1万人以上の観客動員を記録するほどの熱狂ぶりだ。
信州ダービーほどのムーブメントを生むことは難しいかもしれないが、高校野球を筆頭とした“野球県”のイメージが強く、日本人初のNBAプレーヤー田臥勇太を擁するバスケットボールBリーグ「宇都宮ブレックス」も人気を集めている栃木県において、サッカー文化を根付かせるチャンスでもあるのだ。
こう考えれば、J3降格も悪いことばかりではない。これを機に栃木SC(そして栃木シティ)は、ピンチをチャンスに変える好機でもあると、ポジティブに考えてみてはどうだろうか。