06年、小笠原満男と大黒将志。ザッケローニさえも…。獲得自体が監督の構想外、不遇に阻まれた挑戦【セリエA日本人選手の記憶(6)】

06年、小笠原満男と大黒将志。ザッケローニさえも…。獲得自体が監督の構想外、不遇に阻まれた挑戦【セリエA日本人選手の記憶(6)】
2006年同時期にセリエAへ挑戦した小笠原満男(左)と大黒将志(右)【写真:Getty Images】
すでにチームは完成。スタートから苦境に

 日本人選手の欧州クラブへの移籍は通過儀礼とも言える。90年代、そのスタートとなったのがセリエAへの移籍だった。三浦知良中田英寿など日本を代表する選手たちが数多くプレーしたイタリアの地。しかし、現在セリエAでプレーする日本人選手はゼロ。この機会にこれまでの日本人選手のセリエAでの挑戦を振り返る。第5回はMF小笠原満男とFW大黒将志。(取材・文:神尾光臣【イタリア】)

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 小笠原満男と大黒将志。Jリーグで、また日本代表で確かな実績を築いていた両者は、2006年同時期にセリエAへ挑戦した。しかし両者ともに、メッシーナとトリノでそれぞれ出場機会に恵まれず、イタリアを後にすることとなった。

 出場機会は、練習を通し指揮官の信頼を得ることを通して獲得するものである。ただこの2人は、それ以前のところで不遇をかこっていた。獲得が必ずしも監督の構想に合わなかったことと、フロント自体の混乱。その煽りを受けて実力が発揮できる場が与えられなかったという不遇が、両者には共通していた。

 まずはメッシーナの小笠原。鹿島アントラーズから柳沢敦を獲得した時に築いたパイプを活かし、二人目の日本人として呼んだ。フロントは柳沢がいた時代から小笠原にも注目しており、ずいぶん前から地元メディアでは盛んに噂となっていた。実際2006年の1月に獲得へ動くが、W杯への準備を理由に選手サイドから断りを出されている。


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