【加護亜依】自殺未遂の直後に彼女を罵る人には、想像力が欠如している

のないことだ。それが原因で加護さんが自殺未遂をはかったのだとしたら、不幸なことだとしか言いようがない。だが、問題はその先である。

加護さんが自殺未遂をはかったニュースが流れると、「キタコレ」とばかりに加護さんを罵るコメントがネットにはん濫した。そのコメントのひどさと書き手の想像力のなさに呆れてものが言えない。冒頭で示したように、もし自殺未遂した女性が親戚や友人であったなら、ネットで罵詈雑言を投げかけるのではなく、まずは起きてしまった事態をかんがみ、見舞いの言葉を発するか、黙って事態を見守るのが常識的な感覚なのではないか。

世間に対して反論できないくらい精神的に弱っているという意味では、親戚の女性も加護さんも同じである。「加護さんは芸能人だから……」などというのは、箸にも棒にもかからぬ幼稚な言い訳であろう。繰り返すが、芸能人であろうと親戚であろうと、弱っている人に変わりはないのだから。親戚なら見舞いの言葉を発したり黙って事態を見守って、加護さんならネットで罵るという人がいるのなら、その人には想像力が欠如していると思われる。

もし、加護さんを罵っている輩が東日本大震災の被災者を見舞うようなコメントをしていたら、それは二重基準(ダブル・スタンダード)というやつである。弱っている人がいるという点では同一だが、加護さんに対しては罵りのコメントをネットに書き、被災者に対しては「がんばろう」などと見舞いのコメントを書いていることになるからだ。しっかりとした想像力のある人は、自殺未遂をはかった人を、その人が芸能人であろうと親戚であろうと未遂の直後に罵ることなど決してしない。筆者は、そう信じたい。

集団一致の暴力は、それをやっていたり参加していたりする分には楽しいし、安心できる。なにより、その人を攻撃しているときには自分は攻撃されないのだから。だが、いつ自分が攻撃されるのかなんてわからない。ならば、攻撃されたときのダメージを考えて、やたらと攻撃するのはやめよう、と気づくことがある。そう、「攻撃されたときのダメージを考える」ことこそ、人の立場を想像する力、すなわち想像力ということなのだ。そして、想像力の欠如した人たちが闊歩する社会は、暗闇の社会である。

(谷川 茂)

あわせて読みたい

ガジェット通信の記事をもっと見る 2011年9月12日のマンガ・アニメ記事
この記事にコメントする

\ みんなに教えてあげよう! /

トピックス

今日の主要ニュース 国内の主要ニュース 海外の主要ニュース 芸能の主要ニュース スポーツの主要ニュース トレンドの主要ニュース おもしろの主要ニュース コラムの主要ニュース 特集・インタビューの主要ニュース

マンガ・アニメニュースアクセスランキング

マンガ・アニメランキングをもっと見る

コメントランキング

コメントランキングをもっと見る

トレンドの人気のキーワード一覧

新着キーワード一覧

このカテゴリーについて

注目の最新アニメ情報、マンガ情報、人気声優情報などアニメファン必見のニュースをお届け中。

通知(Web Push)について

Web Pushは、エキサイトニュースを開いていない状態でも、事件事故などの速報ニュースや読まれている芸能トピックなど、関心の高い話題をお届けする機能です。 登録方法や通知を解除する方法はこちら