京都裏観光スポット:『蹴上エリア』本当は恐い地名の由来

そこにきて1万5千人となると、その数がどれだけ膨大な数だったのかがよく分かる。そしてこのおびただしい数の刑死者に対する供養として、京都の各宗派寺院が1,000人ごとに供養碑を建てたのだが、その数、明治までに15基を数えたという。

京都裏観光スポット:『蹴上エリア』本当は恐い地名の由来
■京都一の処刑場につながる道

この地名には、当時の罪人たちへの扱いが表れているという説がある。

処刑の執行を拒む者、無実を訴える者、病気などで歩けない者、その罪人の尻を、蹴りあげながら、無理やり御仕置き場まで連れて行ったことにちなんで、「蹴上」という名が付けられたというのだ。

当時の処刑法は、市中引き回しの上で、板や木を組んだものに張り付けて槍などで突き殺す磔(はりつけ)、斬首して3日間首をさらされて刀の試し切りに遺体を使う獄門(ごくもん)、火をつけて火あぶりで焼き殺す火刑(ひけい)だったので、罪人たちも嫌がったはずだ。

京都裏観光スポット:『蹴上エリア』本当は恐い地名の由来

それまでにも公開処刑が頻繁に行われているので、自分がこれからどんな目に合うかをよく知っていただろう。そして昔は冤罪も多かったことも予測がつく。無実の罪で殺される者も、たくさんいたはずである。死んでも死にきれないとは、このことだ。

■今生の別れを告げる三条別れ

「蹴上」の山を下っていくと、そこには三条別れという場所があり、その昔、粟田口刑場で斬首処刑される罪人を見送りにきたその家族は、この先には進むことができずに、そこで罪人と別れることになる。

京都裏観光スポット:『蹴上エリア』本当は恐い地名の由来

つまりは、永遠の別れをしなければならなかったわけだ。ちなみに三条大橋から五条大橋にかけては、斬首したあとの首を晒す場として使われていたそうだ。何人の血がそこに流れたのか、その光景は想像を絶するものであったはずだ。 

京都裏観光スポット:『蹴上エリア』本当は恐い地名の由来

なんだかおどろおどろしい話になってしまったが、今では素敵な観光地として多くの人々を迎える街並みになっている。

あなたも寺社巡りの観光ついでに、京都の包み隠された過去に触れてみてはいかがだろうか?

解説/丸野裕行(裏社会ライター)

―― 見たことのないものを見に行こう 『ガジェット通信』
(執筆者: 丸野裕行) ※あなたもガジェット通信で文章を執筆してみませんか

―― 会いたい人に会いに行こう、見たいものを見に行こう『ガジェット通信(GetNews)』

あわせて読みたい

ガジェット通信の記事をもっと見る

トピックス

今日の主要ニュース 国内の主要ニュース 海外の主要ニュース 芸能の主要ニュース スポーツの主要ニュース トレンドの主要ニュース おもしろの主要ニュース コラムの主要ニュース 特集・インタビューの主要ニュース

ライフスタイルニュースアクセスランキング

ライフスタイルランキングをもっと見る

コメントランキング

コメントランキングをもっと見る
2019年4月22日のライフスタイル記事

キーワード一覧

このカテゴリーについて

生活雑貨、グルメ、DIY、生活に役立つ裏技術を紹介。

通知(Web Push)について

Web Pushは、エキサイトニュースを開いていない状態でも、事件事故などの速報ニュースや読まれている芸能トピックなど、関心の高い話題をお届けする機能です。 登録方法や通知を解除する方法はこちら。