日本の小型ロケット「イプシロン」3号機、打ち上げ成功。その実力と未来、そして欠点とは?

 宇宙航空研究開発機構(JAXA)とIHIエアロスペースは2018年1月18日、新型の小型ロケット「イプシロン」3号機の打ち上げに成功。搭載していた日本電気(NEC)が開発した地球観測衛星「ASNARO-2」を宇宙へ送り届けた(ASNARO-2については拙稿『NECが公開した高性能小型衛星「ASNARO-2」、ICTとの組み合わせで世界と勝負』参照)。

 2013年に初めて打ち上げられたイプシロンは、これまで着実に打ち上げ試験と改良を重ね、今回の成功で一区切りを迎えた。これからはさらなる低コスト化を目指した改良と、そしてより安定した運用と、国内外への打ち上げ輸送サービスの販売、受注に向けた取り組みが本格化する。

 しかし、とくに後者のより安定した運用と、打ち上げ輸送サービスの販売に向けては、課題も多い。

◆1号機からも、2号機からも進化したイプシロン

 イプシロンは、日本が小型の人工衛星を自律的に、そして手軽に打ち上げることを目指して開発したロケットで、2013年に試験機(1号機)の打ち上げに成功。2016年の2号機の打ち上げを経て、今回が3号機となる。

 この間、イプシロンにはさまざまな改良が施され、試験機と比べ、大きく異なるロケットに進化した。

 たとえば試験機は、ロケットを手軽に打ち上げる技術の実証を目的としていたため、ロケットそのものは既存のものを流用するなどした、未完成の機体だった。

 試験機が成功したのち、JAXAではイプシロンのロケットそのものの改良を実施。「強化型」と呼ばれるこの改良によって、打ち上げ能力が大きく向上し、衛星の搭載環境も改善した。2016年に打ち上げられた2号機が、この強化型イプシロンの1号機となり、無事に成功している。

 そして今回の3号機では、さらに2つの新しい新技術が投じられた。ひとつは、衛星を狙った軌道に正確に投入するため、軌道を微調整できる小型のロケットで、従来あったものを改良し、性能を上げた。

 もうひとつはロケットから衛星を切り離す際に使う新しい分離装置で、これまでは火薬を使っていたものを、機械的な仕組みで分離できるようにし、衛星にかかる衝撃を小さくした。その衝撃の小ささは世界トップレベルで、「乗り心地のいいロケット」として、イプシロンの売りのひとつでもある。

 そして今回の打ち上げで、この2つの新技術は無事に実証に成功。強化型イプシロンの開発はこれで一区切りを迎えたことになる。

◆イプシロンの今後

 強化型イプシロンの開発が一段落したことで、イプシロンの今後は、大きく2つの新しい段階を迎えることになる。

 ひとつは、イプシロンの機体を、現在開発中の別の大型ロケット「H3」と共有させることで、コストダウンや信頼性向上を図るというもので、共有するということやH3側にも同様の恩恵があることなどから、「シナジー・イプシロン」と呼ばれている。すでにJAXAを中心に開発が始まっており、実現すれば、打ち上げコストは現在の約40億円から30億円にまで下がる見通しだという。

 そしてもうひとつは、イプシロンを商業ロケットとして、民間企業が一元的に運用できるようにすることである。

 現在のイプシロンはJAXAが主体となって運用しているが、これを民間の手に委ねることで、イプシロンを使った打ち上げサービスを国内外の企業や機関に向けて販売し、発注を受けてその衛星を宇宙に打ち上げる、打ち上げ輸送サービス、いわゆる「商業打ち上げ」を事業として始められることになる。

 その事業者はまだ選定中で決まっていないが、ロケットを製造しているIHIエアロスペースが主体的に関わるか、もしくは販売や運用を行うための別会社が立ち上げられる形になろう。

 近年、電子部品の小型化、高性能化などを背景に、数百kgからわずか数kgでも、十分な性能をもった衛星が造れるようになり、こうした小型・超小型衛星と、それを使った宇宙利用が、宇宙ビジネスのトレンドのひとつになっている。今回打ち上げられたASNARO-2も、まさにそうした狙いをもって開発されたものである。

 そして小型ロケットであるイプシロンは、こうした小型衛星の需要、市場にマッチしている。

◆商業打ち上げへの道は険しく

 しかし、だからといってイプシロンがすぐに売れっ子になる見込みがあるわけではない。イプシロンに性能が近い小型ロケット、あるいは市場で競合するロケットは他国にいくつもあり、いずれも高い信頼性をもっているなど、商業打ち上げ市場にはすでに多くのライバルがひしめいているためである。

 たとえば欧州の「ヴェガ」ロケットは、すでに11機もの打ち上げをこなし、すべて成功を収めている。信頼性、価格面で他のロケットに負けない強みがあり、すでに他国からの商業打ち上げも受注しているなど、実績もある。

 また、小型衛星は小型であるがゆえに、中型ロケットに複数搭載したり、大型ロケットの打ち上げ時にあまったスペースについでに載せて打ち上げたりといったことができる。打ち上げる時期や軌道が選べないという問題はあるものの、それを気にしないのであれば、イプシロンのような小型ロケットを使うより安上がりに済む。

 たとえばインドの「PSLV」ロケットは中型ロケットで、イプシロンより3倍近い大きな打ち上げ能力をもつが、小型・超小型の衛星を最大100機も同時に打ち上げられる能力、そしてインドならではの低価格を最大の武器として、世界中の衛星会社から商業打ち上げ受注を取り付け、打ち上げをこなしている。

 ちなみにイプシロンにも、小型・超小型衛星を複数打ち上げられる能力がある(4号機で実証予定)。これはこれでひとつの強みになりうる一方で、近年では、イプシロンよりもさらに打ち上げ能力の小さい「超小型ロケット」の開発も活発になっている。

 超小型ロケットは数十kgから100kgくらいの打ち上げ能力しかないが、たとえばイプシロンなら数機まとめて打ち上げられるものを、1機だけ、それも好きな時期に好きな軌道へ、そして安価に打ち上げるという売り方で、新たな需要、市場を呼び起こそうとしている。

 こうした中で、イプシロンが商業打ち上げ市場でシェアを取るためには、似た性能のロケットだけでなく、中型・大型ロケット、そしてこれから登場する超小型ロケットとも戦っていかなくてはならない。そのためには、ロケットの価格や信頼性を他のロケット並み、あるいはそれ以上にすることはもちろん、顧客の要望に応えられる柔軟性や、イプシロンならではの魅力を創出するといった施策が必要となろう。

◆手狭な打ち上げ場所、そもそもの立地の不利

 さらにロケットそのものだけでなく、イプシロンは打ち上げる場所にも欠点を抱えている。

 イプシロンの発射台がある内之浦宇宙空間観測所は、鹿児島県の大隅半島の東側、切り立った断崖の上にある。

 今回打ち上げられたASNARO-2のような地球観測衛星の場合、地球を南北に回る軌道に打ち上げられることが多いため、ロケットを北か南に向かって打ち上げることになる。

 しかし内之浦の北は日本列島があるので言わずもがな、南にも種子島があるため、イプシロンはまずいったん東方向に打ち上げ、途中で飛行経路をぐいっと南方向に捻じ曲げて飛ばなくてはならない。この場合、捻じ曲げる分のエネルギーが無駄になるため、打ち上げ能力が本来より大きく下がってしまう。

 また、その切り立った断崖にあるという立地ゆえ、ロケット発射場は狭く、さらに老朽化も進んでいる。

 こうした問題は以前から認識されており、たとえば種子島や、北海道の南東部にある大樹町に新しい発射場を造ろうという声もある。とくに大樹町は真南が開けているので、飛行経路を捻じ曲げるように打ち上げる必要がなく、また一から新設することで、イプシロンや顧客の要求に応じた、機能的で使いやすい発射場を造ることもできる。

 ただ、それには多額の資金が必要になる。これから先、どれくらいの打ち上げ需要(回数)があるのかわからないイプシロンに、それだけの投資は割に合わないかもしれない。またロケットや衛星搬入のための道路や空港などインフラを整備することも考えると、JAXAや民間企業の一存でできることでもない。

◆今後、イプシロンをどのように運用すべきか

 イプシロンは今後、JAXAの科学衛星や探査機、そして技術開発を目的とした小型衛星など、主に官需衛星の打ち上げを中心に使われることになっている。

 そうした衛星の自律した、そしてより安定した打ち上げを持続させるためにも、商業打ち上げ市場でも戦えるロケットとして運用し、実際に受注を取り、打ち上げ頻度を増やし、コストや信頼性をこなれさせる必要があることは論をまたないだろう。

 しかし、官需衛星と合わせて年間数機のペースで打ち上げを続けたり、そして国内外の多種多様な衛星を受け入れ、打ち上げ準備などを円滑に行ったりするためには、少なくとも内之浦の施設の大幅な改修、場合によっては前述のように内之浦からの撤退も視野に入れた、発射場をはじめとする運用体制の抜本的な改革が必要になろう。

 ロケットそのものは世界トップレベルのものが完成し、これからもシナジー・イプシロンなど、進化を続けることは決まっている。打ち上げを重ねれば、信頼性も積み重ねられ、コストや販売価格も安価になっていくだろう。そしてその運用の民間への移管はほぼ既定路線となっている。

 次に重要かつ必要になるのは、イプシロンを、誰が、どのように、そしてどんな将来像をもって運用していくのか。その実現のために何が必要なのか。そして国が資金面、法律面などで、いかにそれを支援できるかという議論、そして実際の行動であろう。

<取材・文/鳥嶋真也>
とりしま・しんや●宇宙開発評論家。宇宙作家クラブ会員。国内外の宇宙開発に関するニュースや論考などを書いている。近著に『イーロン・マスク』(共著、洋泉社)。
Webサイト: http://kosmograd.info/
Twitter: @Kosmograd_Info(https://twitter.com/Kosmograd_Info

【参考】
・JAXA | イプシロンロケット3号機による高性能小型レーダ衛星(ASNARO-2)の打上げ結果について(http://www.jaxa.jp/press/2018/01/20180118_epsilon3_j.html
・平成29年度ロケット打上げ計画書 高性能小型レーダ衛星(ASNARO-2)/イプシロンロケット3号機(ε-3)(http://www.jaxa.jp/press/2017/12/files/20171208_epsilon3.pdf
・ASNARO-2/イプシロンロケット3号機 特設サイト | ファン!ファン!JAXA!(http://fanfun.jaxa.jp/countdown/epsilon3/
・イプシロンロケット H3ロケットとのシナジー対応開発の検討状況(http://www.jaxa.jp/press/2017/07/files/20170704_epsilon_j.pdf
・北海道大樹町に新射場を整備した場合の道内経済波及効果(http://www.dokeiren.gr.jp/assets/files/pdf/teigen/20170531report.pdf

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