金正恩氏が板門店に製麺機を持ち込んでまでこだわった、平壌冷麺の味の秘密とは?

金正恩氏が板門店に製麺機を持ち込んでまでこだわった、平壌冷麺の味の秘密とは?
北朝鮮の冷麺は他とどう違うのか?

 昨日の南北首脳会談で、金正恩第一書記が「平壌冷麺」を話題に上げた。韓国ではその報道を受けて冷麺店に客が殺到し、局所的な「冷麺特需」が起きたと報じられた。

 北朝鮮の名物料理といえば冷麺であるが、決して、食糧難でそれしか食べるものがないからではない。

 日韓にもおいしい冷麺はいくらでもあるが、平壌冷麺はほぼ“別格”と言っても差し支えないだろう。

 在日朝鮮人のみならず、訪朝経験のある日本人までも口を揃えるため、主観とは言い切れないだろう。その体験は、『SUSHI』しか食べたことのない外国人が、日本で本物の寿司を食べて感動する例と似ているかもしれない。

 北朝鮮に何度も渡航してきた筆者としては、冷麺だけなら日本への入国が許されるのではないかとさえ感じる。

 だが、実際はそう簡単にはいかない。それは政治的事情ではなく、品質保持と味付けの問題だ。

 昨日は、板門店の北側領土である「統一閣」に平壌冷麺専門店である「玉流館」調理人が派遣され、その場で打った麺が南側にワゴンで即時配達された。

 金正恩氏が、至近距離に料理人を配置し、製麺機を運び込んでまでこだわった理由は、原料と鮮度が重要だからであると推測される。

 冷麺の主原料となる蕎麦は本来、寒い地域での栽培が適しており、南方ではパサついた品種になる。そして、少しでも時間を置くとそば粉の臭いが強くなる。

 金正恩氏が「苦労して持ってきました」と語ったのも、あながち誇張ではないだろう。

◆無駄を省き、素材の味を生かすのが北朝鮮の冷麺

 平壌では「玉流館」や「清流館」、「安山館」などの冷麺専門店があるが、高級レストランであれば基本的にどこでも食べられる。味もさほど変わりがない(と、筆者は思っている)。

 玉流館では「おかわり自由」だったり食後のアイスが出るなどの“おもてなし”が他所と異なる。

 基本は水冷麺や「チェンバン」(平たい銀盤に盛った冷麺)であるが、中でも昨今、観光客に人気があるのが「フェ冷麺」だ。

 日本や韓国ではあまり馴染みがないが、フェとは朝鮮語で「刺身」を意味する。生の魚肉が乗っているわけではなく、半生のタラの辛味噌和えに、コクのある辛くないダシスープを合わせたものだ。一般的にはキジや牛骨などを用いるが、筆者には魚のダシのように感じられた。

 たったこれだけだが、無駄を削ぎ落としたぶん、スープと麺それぞれの味が調和しつつ際立っていた。これは、北朝鮮で食べられるどの冷麺にも共通している。一言で表すなら、「質実剛健」。「うどん屋の実力は素うどんで決まる」という言説を思い起こさせる。

 また、大きな特徴は、フェ冷麺は細く柔軟性のある麺が旨味のあるスープであらかじめ和えてあり、スープ麺でありながら混ぜそばのように食べられる点であった。スープ麺のように食べたい場合は、付け合わせのダシスープ(冒頭の写真)を加える。

 なお、フェ冷麺は100g、200g、300gと分量を選ぶことができる。シメで食べるには200g程度が適当な量のようだった。

 この冷麺を日本や韓国で再現する手立てはあるのか?

 在日朝鮮人の店では、やはり日本人の口に合わせているため全く同じものとは言い難い。北朝鮮の料理本「有名な平壌料理」では冷麺の作り方について「蕎麦粉を70度の重曹水でこねる」としか書いていない。

 伝統的な調理法ではそば粉やドングリ粉に、ジャガイモの澱粉等を配合する。シコシコした食感は澱粉によるものだが、その比率は地域ごとに異なる。

 唯一、少しだけ真似できるとすればスープではないか。日韓では変に辛く酸っぱいものが多いが、北朝鮮のスープは酸味や辛味よりもダシの旨味が強い。

 一度、平壌の製麺所の厨房を覗いてみたいものだ。

【安宿緑】
編集者、ライター。心理学的ニュース分析プロジェクト「Newsophia」(現在プレスタート)メンバーとして、主に朝鮮半島セクションを担当。個人ブログhttp://blog.livedoor.jp/yasgreen/
著書「北の三叉路」(双葉社)。

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