内戦下のシリアを訪れたNGO事務局長が見た現状。「我々に何ができるのか」

内戦下のシリアを訪れたNGO事務局長が見た現状。「我々に何ができるのか」
「血も魂もバッシャール(アサド大統領)に捧げます」と興奮気味のシリア国内避難民

◆反体制派の支配地域を取材していた安田純平氏と意見交換

 シリアで3年4か月拘束されていた、ジャーナリストの安田純平氏が解放され無事に帰国した。

 メディアは自己責任論が世間でどう盛り上がっているのか、バッシングの材料としての身代金が支払われたかどうか、といった話題を中心に取り上げた。なかなか「シリアの惨状を解決するためにはどうすればいいのか」という議論に行かないもどかしさがある。

 筆者は、JIM-NET(日本イラク医療支援ネットワーク)というNGOの事務局長を務める。シリアの内戦が起きた時は、いち早くヨルダンとイラクで難民支援を行った。当時の報道は、インターネットに上げられた動画が氾濫して、いったい何を信じればいいのかが難しかった。

 2012年7月、筆者はダマスカスに行き、公務員として働いている知人を訪ねた。彼らはバース党(アラブの民族独立、統一、社会主義を掲げる民族政党)の党員であり、もちろんシリアの現政権であるアサド政権を支持してはいたが、「どちらがマシか」ということを熱く語っていた。同じ時期に安田純平氏は反体制派の支配地域を取材し、目の前で殺される子どもたちを見ていた。安田氏と電話でやり取りをして、同じシリアでも全く違う世界に私たちは居て、「どうしたら平和を創れるのか」と意見交換をしたことを思い出す。

 前線からジャーナリストが伝えてくる情報があるから、私たちNGOは2歩・3歩下がって活動することができる。「現場から報道する必要はない」という世論が趨勢を占め、ジャーナリストが退避勧告を守って現地に行かなくなると、困るのは私たちでもある。

◆住民300万人が悪影響を受け、80万人が家を追われる

 今年に入ってから、アサド政権はロシア軍の後押しを受けて、シリア南部の反政府支配地域へ激しい攻撃を加えた。撤退交渉で合意した反体制派武装勢力がバスを連ねて退去し、武装勢力メンバーらは北西部のイドリブ県に追いやられた。

 アサド政権は反体制派勢力をイドリブ県に封じ込めて、一気に総攻撃を加えて壊滅を図るのではないかとの噂が広がった。9月の初め、私たちはいくつかのNGOと、以下のような共同声明を出した。

「私たちは改めて、シリア国内で武力攻撃を行っているすべての人たちに伝えます。攻撃を直ちにやめてください。国連は、この地域で戦闘行為が激化すれば、住民300万人が悪影響を受け、最大80万人が家を追われるとしており、人道支援を必要とする人の数が劇的に増えることに懸念を表明しています」

 この声明がリリースされたとき、私はシリアの首都・ダマスカスにいた。東京外語大学の青山弘之教授が、共同研究を行っているシリアの調査機関「SOCPS」と調整をつけてくれた。人道支援のニーズ調査と、我々の考えをシリア政府に伝えたいというのが目的だったが、安田純平氏のことも心配で、何か情報が得られないかとも思ったのだ。

◆シリア外務副大臣もイドリブでの武力衝突を否定

 6年ぶりのダマスカスの町並みは、昔と変わらない。むしろ20年前に筆者が暮らしていたころにさかのぼったような感じもした。しかし人々の様子は、戦時下で感じるような緊張感がなく、日常をエンジョイしている。ダマスカスの旧市街や「マールーラー」というキリスト教の古い村にも、現地の観光客があふれている。

 ダマスカス国際見本市も同時期に開催されていた。展示されているものは、重機や工場で使うような部品などが中心だったが、まるで遊園地に来るような感覚で子連れの家族たちがたくさん詰めかけていた。

 もしイドリブの総攻撃が始まれば、家族の中で徴兵されている兵士らが命を落とすかもしれない。アメリカが空爆するかもしれない。というのに、人々の楽しそうな様子には違和感があった。そんな中で、シリアのメクダド外務副大臣に面会することができた。

「イドリブに関しては多方面の勢力とも交渉しており、武力衝突は避けたい。おそらく我々の交渉は成功するだろう」と外務副大臣は語る。

 当時まだ拘束中だった安田純平氏に関しては「我々は日本と友好関係を築いてきた。日本のジャーナリストがテロリストに拘束されていることは残念だ。日本政府からも働きかけがあり、できる限りの協力をしたい」という。

 何人かの専門家にも話を聞いたが、「イドリブの総攻撃はしないだろう」という意見が大半だった。一方、インターネットでは「アサド政権がイドリブ県で化学兵器を使った場合、米政府は大規模な軍事攻撃を用意している」といったニュースが流れていた。

『日経新聞』は、ホワイトヘルメッツ(シリアの民間防衛隊)が配信した写真に以下のようなキャプションをつけて、すでに化学兵器が使われているかのような印象を読者に与えた。

「シリア政府軍の空爆で白煙が上がるイドリブ近郊の村(9日)=ホワイトヘルメッツ提供・AP」

◆「イドリブの攻撃はない。安田純平氏も巻き込まれない」と確信

 ダマスカスの旧市街のバーブトゥーマに隣接するジョーバル地区に入れば、建物は激しく攻撃され、廃墟が続いている。筆者が軍に案内してもらったのは、破壊された学校だった。ここをイスラム過激派が基地にしていた。

 瓦礫の中に入っていくと地下道があった。1.4㎞に及ぶ地下道は、戦車も通れるほどの大きさで首都ダマスカスへと迫っていたのだ。「こんな大規模な地下通路を、テロリストだけで造れると思いますか?カタールが背後で支援しているんです」と兵士が説明した。

 ダマスカス近郊から執拗に攻撃を仕掛けてくるから、アサド政権もここまで激しく反撃しなければならなかった。町で出会った人々が異様に楽しそうだったのは、つい最近まで続いた激しい紛争による緊張感からの解放感だったのだろう。

 一方、イドリブではすでに「テロリスト」たちは封じ込められ、トルコが支配している。激しい戦闘を仕掛けて自軍の兵士を失うよりも、トルコと交渉すれば済むことは明確だ。みな、戦いにはうんざりしている。

「イドリブの総攻撃はないから、拘束中の安田氏がそれに巻き込まれることもない」と筆者は確信した。

◆10年前も今も変わらず、純粋に子どもたちを助けようとする人々がいる

 そこから4㎞程北上すると、周りには破壊された建物が続く。ハラスタという地域に入ると、病院があった。迫撃砲や銃弾の痕が壁には残るが、建物は無事だった。この病院は「ベイルーニ病院」といい、小児がんの病棟がある。2006年にがんの支援を専門に行うNPO「BASMA」ができ、アサド大統領夫人は積極的に資金集めなどに協力してきた。

 これに対してアメリカは1980年代から、イスラエルに対して強硬な姿勢を貫くアサド政権に「テロリスト(つまりはパレスチナ)支援国家」というレッテルを張って経済制裁を行ってきた。

 イラク戦争後、社会主義体制で産油国でもないシリアに100万人ほどのイラク難民が流れ込んだ。シリアでは、イラク難民のがんの子どもたちも無料で治療を受けることができた。BASMAが、病院にない薬を調達して患者へ届けていたのだ。

「シリアにも金持ちがいる。アスマ大統領夫人が呼びかけてパーティをやれば一晩で800万円は集めることができる」と、BASMAの当時の事務局は語っていた。

 イスラム教徒は喜捨が義務づけられている。国家が徴税をしてお金を集めるよりは、NGOが金持ちから直接吸い上げたお金で子どもたちの命を助けていた。しかし内戦が始まると、アスマ大統領夫人の批判とともにBASMAそのものも「残忍な独裁者のプロパガンダ」と揶揄された。

 そのBASMAを、約10年ぶりに訪ねてみた。

「私たちは、たとえ内戦がひどくなろうと治療をやめたことはありません。さすがに今年に入っての4か月は、この付近が空爆されて戦闘が激化したので、場所をダマスカスの中心部に移しました。しかし、7月には戻ってきました」とBASMAのスタッフは言う。

「戦時下でも逃げずに子どもたちの治療を続けてくれた医者は、私たちにとってヒーローなのです」

 おそらく10年前も今も、彼らは純粋に子どもたちの命を助けようとしているだけだった。

 シリアの人々はみな、戦いにはうんざりしているということが感じ取れた。シリアは勝ち組と負け組に分かれている。内戦を乗り越えて、両者が「WIN-WIN」の関係になれるような取り組みが必要だ。これからシリアにどうかかわっていけばよいのか、我々なりに考えてみたい。

<取材・文・撮影/佐藤真紀(日本イラク医療支援ネットワーク「JIM-NET」)>

※JIM-NETでは11月23日(金・祝)17:00~19:30に、専修大学神田キャンパス(東京・神田神保町)でシリア情勢に関するイベントを開催する。9月にシリアを訪問した佐藤真紀・青山弘之・小泉尊聖の3名が現地レポートをしてディスカッションを行う。安田純平氏もビデオメッセージで登場予定。
詳細はhttps://www.jim-net.org/2018/11/13/3646/

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