トランプ大統領で変わる米国の医療制度~ 「オバマケア」から「トランプケア」への移行はイバラの道

 2017年1月20日、共和党のドナルド・トランプ氏が、第45代大統領に就任する。

 トランプ政権が標榜する、孤立主義、分断主義、排外主義、大衆迎合主義などの世界戦略、いわゆる「トランプポノミクス」が、2017年以降、米国社会と世界情勢をどのように変質させるかが注目を集めている。

 トランプポノミクスは、アンチ・オバマの財界主導経済や医療政策から、親ロシア政策によるシリア停戦、中国への牽制外交、日米安保の修正化、反TPPや高関税課税による保護貿易、異民族の排斥、反環境まで、予測不能の複合的な要因が混在しているかに見える。

 2017年以降、米国単独覇権の崩壊と世界の多極化が強まる状況がある。さまざまなリスクを抱えたトランプポノミクスの不確かな未来に懸念は拭えない。そこで今回は、トランプ政権によって「米国の医療制度はどう変わるのか」を冷静に考察してみよう。

「オバマケア」とは何だったのか?

 米国の医療は自由診療が基本であるため、医療費が高額になることから、民間医療保険に加入している人が多い。だが、国民の6人に1人(約17%)は、保険料の支払いが困難なため、メディケア(高齢者向け公的医療保険)にも、メディケイド(低所得者向け公的医療保険)にも加入できない中・低所得者だ。

 医療保険に加入できないので、病状が悪化するまで医療を受けられない。その帰結として、過剰な医療支出が累積し増大化した。このような苦しいジレンマの解決に挑んだのがバラク・オバマ大統領だ。

 2010年3月、約5000万人もの無保険者をなくすために、オバマ大統領は医療保険制度改革法(オバマケア) を成立させ、2014年1月1日からオバマケアの保険適用がスタート。連邦議会予算局は、2014年からの10年間で、保険加入者は約3100万人、加入率は83%から94%に増加するものの、約9400億ドル(約110兆円)の導入コストを試算している。

 オバマケアは、日本の国民健康保険のような公的保険ではない。民間の安価な公的医療保険への加入を国民に義務づけ、病気の早期治療や予防による医療支出の抑制を狙っている。保険料の支払いが困難な低所得者に補助金を支給し、国民の9割以上の保険加入をめざしている。

「オバマケア」にも数々の課題が

 しかし、オバマケアの課題もある。加入を怠ると、年収の2.5%に当たる罰金を支払わなければならない。保険料支払いが難しい低所得者は、所得に応じた補助金が支給されるものの、補助金給付は増税を招くため、一般納税者は不満を募らせている。

 また、妊婦検診や小児医療など、特定の年齢層に限られる医療や薬物治療カウンセリングなどの特殊なサービスを受けるための保険料負担も加わる。健康状態の良くない中・低所得者の保険加入が増えたため、保険料の支払いが急激に膨らんだ。

 その結果、オバマケア導入前から任意の医療保険に加入して納税していた高所得の白人中間層の不公平感や増税への不満が強まり、オバマケアに厳しい批判の目が注がれ始めた。

 このようなオバマケアの矛盾に警鐘を鳴らし、オバマケアの撤廃を掲げたのがトランプ氏だ。
オバマケアからトランプケアへの移行は茨の道?

 ただ、トランプ氏は強かに動く――。ウォール・ストリート・ジャーナルによれば、2016年11月10日のオバマ大統領との会談で再考を促され、すでに多くの国民がオバマケアに加入済みであることから、混乱を避けるために、保険会社が加入者の既往症を理由に加入を禁止する条項と、26歳未満の子どもを両親が加入する保険対象に含める条項は守るとほのめかした。

 しかし、すぐに翻意する――。11月29日、トランプ氏は、保健福祉長官にオバマケア廃止論者のトム・プライス氏を指名。オバマケアの廃止や代案検討が加速する可能性がますます濃厚になっている。

 トランプ氏がオバマケアに大幅な制度変更を行えば、オバマケアによって設立された健康保険市場(エクスチェンジ)が消滅し、貧困層向けの公的保険であるメディケイドの拡大にも影響が及ぶ。その結果、約2200万人が公的健康保険を失うとする推計もある。

 さらに、トランプ氏の 制度変更によって大幅な財源不足に陥り、2018年には政府は約400億ドル(約4兆8800億円)の損失を抱えると試算されている。

 このように、オバマケアからトランプケへの制度変更がどのようなリスキーな事態を招くかは推測の域を出ない。

オバマケアを全面的に撤廃できないのはなぜ?

 しかし、トランプ氏はオバマケアを全面的に撤廃することができない理由がある。

 なぜなら、トランプ氏は新しい法案を自分の意志で通せない。今回の選挙の結果、上院は共和党51議席、民主党48議席になった。トランプ氏が民主党の協力を得ずにオバマケアを廃止するには、少なくとも60議席が必要になる。

  共和党の全議員が支持しても、60議席に達しないので、強行採決はできない。もちろん、上院の民主党議員はトランプ氏を支持しないし、民主党は議事妨害によって時間切れに持ち込めば、トランプ氏の法案を廃案に追い込める。

 つまり、トラ ンプ氏がオバマケアを全面的に撤廃する法案を提出しても、上院は可決できない。大統領は拒否権を使って上下院 を通過した法案を拒否できるが、大統領が提案した法案を上下院に通す権限はない。

トランプ氏は奥の手を巧みに使い、オバマケアを骨抜きにする?

 ところが、トランプ氏にも奥の手がある。最高裁判事や各省庁のトップなどの政府高官の指名権だ。最高裁判事は保守派とリベラル派が半々であったが、トランプ氏の躍進の影響で、保守派に有利な形勢に持ち込めるだろう。

 医療政策はどうか? トランプ氏は、米保健福祉省(HHS)や財務省の長官などの指名権をもつので、強力な人事権を行使すれば、医療政策を間接的だが意のままに牛耳れるかもしれない。

 トランプ氏の奥の手はまだある――。財政調整(Budget reconciliation process)という裏技だ。すでに成立した法律のうち、予算に関わる条項だけを変更する政策手法、それが財政調整というリーサルウェポン(奇策)だ。上院の過半数の51議席があれば、オバマケアを大幅に変更することが事実上可能になる。

 ただ、予算に関わらない条項は財政調整でも変更できない。たとえば、既往症がある理由による保険加入拒否を禁止する条項や、不健康な人への高額な保険契約を禁止する条項はそのまま守られる。

 しかし、このような伝家の宝刀を抜けるトランプ氏も、決して安穏として居られない。 上院の共和党議員がすべてトランプ氏を支持する保証はない。ジョン・マケイン議員なら法案の内容によってはトランプ不支持に翻ると言われる。共和党は51議席なので、2人の共和党議員が反旗を翻すだけで、トランプ氏は財政調整にすら手が出せない。トランプ政権は砂上の楼閣のように危ういのだ。
日本への余波は現時点では予測も把握も困難!?

 さらに、悩ましい難題が横たわる。トランプ氏の財政調整によってオバマケアに制度変更が加えられると、保険会社が致命傷を受ける。

 もしも保険料に対する補助金や個人加入義務が廃止されるとどうだろう? 加入者は保険に加入しなくても罰金が発生しなくなる。だが、保険会社は既往症を理由に保険加入を拒否できないし、高い保険料を設定できない。

  その結果、健康なら誰も保険に入らない。病気になって保険に入った人は医療費を浪費するため、保険料は高騰するが、誰も高額な保険に入らない。果てはオバマケアによって設立された健康保険市場(エクスチェンジ)が消滅するかもしれない。

 雇用者の健康保険に加入している被雇用者はいい。だが、個人向けの健康保険が消滅すれば、中小企業や自営業の個人保険加入者は、購入する保険プランそのものがなくなる――。

  このように、保険会社はオバマケアの制度変更を望まないので、トランプ政権は保険業界からバッシングを食らい、支持率が下がることを恐れる。したがって、トランプ氏はオバマケアに大改革を加えず、妥協的で小幅な制度変更や無難な軌道修正に甘んじるに違いない。

 オバマケアからトランプケアへのソフトランディングなら、医療制度の脆弱化も、保険業界の大混乱も、世論の反発も交せるはずだ。トランプ政権は、そう踏んでいるフシがある。

 16日の報道によると、トランプ氏は「われわれは全ての国民向けの保険を用意する。これまでは保険料を支払えない人は保険に入れないとの見方もあったが、次期政権ではそのようなことは起こらない」と発言しているらしい。具体的な内容は明かされていないが、こうした世論と議会をにらんだ駆け引きが当分続きそうだ。

 最後に、日本への余波だが、現時点ではどのようなリスクがあるのか、予測も把握も困難だ。ただ、トランプ政権が対日政策の枠組みを再編成するなら、その影響は決して小さくないだろう。トランプ氏が画策するトランプポノミクスの行方を見失わないように注視したい。
 
*参考文献
「トランプ大統領で米国の医療制度はどうなる?」日経メディカル2016年11月14日
「トランプ政権と医療ITの未来を予想する人々」Kristen Lee,TechTarget
「トランプ政権、デジタルヘルスへの影響は?」日経デジタルヘルス2016年12月2日 ほか
(文=編集部)

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