
1964年に「The Times They Are a-Changin'(時代は変わる)」と歌ったのは、かのボブ・ディランだ。
一方、半ばドヤ顔気味に「This changes everything(これがすべてを変える)」と、紙巻きタバコ派からの転向を煽っているのは、30カ国で大ヒット中である加熱式タバコ「iQOS」の謳い文句だ。
今や加熱式タバコの代名詞として君臨するiQOSは、開発費30億ドルを投じてフィリップ・モリス社が社運を賭けた「Reduced-Risk Product(RRP:リスク低減の可能性製品)」。
しかし、肝心のお膝元(米国内)では未だ販売許可が下りず(参考「「電子タバコ」安全神話が崩壊? 「IQOS(アイコス)」に健康被害の〈イエローカード〉!?」)、申請待機中の商品であることは過去記事でも触れた。
そして1月22日、米食品医薬品局(FDA)がそのiQOSに対する「暫定的な臨床試験報告」を、次のように公表した。
《iQOSが生み出すエアゾールは(大方の予想どおり)細胞を破壊したり、人体組織にも悪影響をおよぼす恐れを持っている。しかしながら、従来の紙巻きタバコに比べれば「全般的な深刻度」は低く、その被害は「はるか一部に集中するように」推測される》
さらにiQOSが「どういう性質のものなのか」に関しての十分な情報(試験の完全データ)も年内には提供できるだろう――。そんなFDA担当者の談話も添付された。
深刻度は低いが「売り手の言い分」は否定
その上でFDAの専門家諮問委員会が米国内での販売承認を勧告するかどうか? 裁定が下される1月24日の審議が大いに注目されたが......。
翌25日に公表された結論は、フィリップ・モリス社が掲げてきた前掲の「RRP:リスク低減の可能性製品」という製品概念を退ける内容だった。
つまり、上記の「全般的な深刻度」の低さは認められながらも、フィリップ・モリス社にとっては肝心な「通常のタバコ製品に比べ、タバコ関連の疾病リスクが低い製品である」との主張が、FDAによって否定された次第だ。
掻い摘んでいえば、今後、フィリップ・モリス社がiQOSを米国内で販売する道(可能性)は残されたものの、その際には販売済みの他国比で「かなりの制約が設けられた上での販売となる」点が推測されるというわけだ。
今回の諮問委員会の協議結果を踏まえ、FDAは数か月以内にiQOS販売の承認可否を決定する見通しだ。裁定に関し、諮問委員会の勧告に従う義務はないものの、通例としてその協議結果に基づいた判断がくだされる場合が多いそうだ。
もちろん、今回の委員会勧告が「加熱タバコの健康被害(疾病リスク)」を動かぬものとして結論づけたわけではない。その相関関係についての研究はいまだ少なく、決定的なエビデンスの判定はこの先も数年は要するといわれている。
芸人効果でバカ売れのiQOS天国の日本
実は昨秋の『PLOS ONE』(10月11日オンライン版)に「アイコス先進国」とも呼べる日本国民にとっては無視できない警鐘記事が掲載された――。
そもそもフィリップ・モリス社が件の革新的商品iQOSの発売開始(2014年後半期)に際し、その「最初の市場」として日本を選んだことを、いったいどれだけの読者がご存じだろうか?
わが国の場合、フィリップ・モリス社の狙いが想定以上に奏功し、大ブレイクしたのは周知の事実。そのブレイクの直截的きっかけが、テレビ朝日系の大人気番組『アメトーク』の「最新!芸人タバコ事情」特集(2016年4月放送)だったことを否定する向きはいないだろう。
番組放送中から「アイコス」の四文字がGoogle検索で赤マル急上昇したことからも、その意図せぬPR効果(TV局・芸人たちの所属事務所の双方とも、フィリップ・モリス社との事前接触は否定している)の大きさが窺える。
ところが問題は、前出誌の掲載論文上で筆頭著者のTheodore Caputi氏(米国・ペンシルベニア大学ウォートン校公衆衛生学)が述べている下記の指摘だ。
「加熱式タバコによる健康への影響について、我々はまだ十分な知識を持ち合わせてはいない。にもかかわらず、日本では(iQOSの発売前から)2017年までに加熱式タバコ関連ワードが約3000%も増加した。現在も1日当たりのGoogle検索数が約750万件にも上るという、この日本の異常な関心状況は公衆衛生上、極めて危険といわざるをえない」
これ以上、言葉を足す必要のない「禁煙後進国」日本の現況分析といえるだろう。一夜にして「アイコス芸人」なる総称が定着し、「いきなりiQOS」的な商品の奪い合いさえ起きたこの国のタバコ事情。近々のFDA裁定を最も注視すべき国民は、私たち日本人かもしれない。
(文=編集部)