上司にとって、部下の指導教育は重要な仕事の一つですから、部下が重大なミスをしたり、成績が振るわなかったり、業務態度が悪かったりしたときには、上司が部下の育成や教育のために、必要に応じて叱責することはあるでしょう。
しかし、問題は、その方法や程度です。

上司が自分を叱責するメールを全社員に送信するのはやり過ぎ?そ...の画像はこちら >>

●違法となりえる上司の言動とは
ミスをしたり成績不振の部下に対し、大勢の同僚がいる前で、大声で怒鳴ったり、嫌味を言ったり、人格尊厳を否定したりする暴言を浴びせることは、たとえ部下を奮起させようと叱咤督促のためにやったとしても、方法や程度において社会通念上許される範囲を超えて、違法となります。
日頃からミスをする部下に苛立ちを募らせて、思わず怒鳴ってしまうこともあるかもしれませんが、上司が感情をむき出しにして人前で怒鳴ったり、軽蔑するような言葉を発したりすれば、パワハラと非難されても致し方ありません。
他方、部下を別室に呼んで、事の経過を説明させ、必要に応じて叱責することは上司の部下指導の一環ですから問題はありません。むしろ、問題が生じているのに何もせず放置することは、上司の義務違反となってしまいます。

●個人を叱責するメールを大勢に送ったら
では、人前で大声で叱責するわけではないけれども、上司が部下を叱責する内容のメールを、部下本人だけでなく他の大勢の社員にもCCで送った場合はどうでしょうか。
上司は、部下に奮起してもらおうとメールを送ったつもりでも、メールを受けとった部下は、他の社員に自分の失敗や成績不振を知らされた挙句、上司から非難、叱責され、著しく名誉を害されたと感じることでしょう。


●保険会社の営業現場で起こった実例
事案は、職場の上司が、かねてよりその仕事ぶりに不満があった部下に対し、仕事に関する指導・叱咤督促の目的で、当該部下およびユニットの従業員である部下の同僚十数名に対して、名指しで「意欲がない、やる気がないなら、会社を辞めるべきだと思います。」、「あなたの給料で兼務職が何人雇えると思いますか」等というメールを送信したというものです。
第1審の東京地裁判決(平成16年12月1日)は、上司の行為は、業務指導の一環として行われたもので、私的な感情から出た嫌がらせとは言えず、違法ではない、としました。
これに対し、第2審の東京高等裁判所の判決(平成17年4月20日)では、「メールは、それ自体は正鵠を得ている面がないではないにしても、人の気持ちを逆撫でする侮辱的言辞と受け取られても仕方のない記載などの他の部分ともあいまって、被害者の名誉感情をいたずらに毀損するものであることは明らかであり、上記送信目的が正当であったとしても、その表現において許容限度を超え、著しく相当性を欠くものであって、被害者に対する不法行為となる。」として、上司の損害賠償責任を認めました。
この判決は、「本件メールの前記文章記載部分は、前後の文脈等と合わせ閲読しても、退職勧告とも、会社にとって不必要な人物であるとも受け取られかねない表現形式であることは明らかであり、赤文字でポイントも大きく記載するということをも合わせかんがみると、指導・叱咤激励の表現として許容される限度を逸脱したものと評せざるを得ない。」としています。判決は、上告受理の申立てがされましたが受理されずに確定しました。

●どこまでが指導かは難しい問題
本事例は、1審と2審で裁判所の判断が分れたように、違法と適法の限界事例に属するといえますが、やはり部下の指導教育という本来の業務目的からすると、「やりすぎ」という非難を受けることはやむをえないでしょう。
たとえ、1審の判決のように、適法という判断がありえたとしても、それが望ましい部下指導の方法とは言えませんし、同じようなことが繰り返されると違法になります。
上司は、仕事に熱心なあまり感情を抑制できなくなることがあったり、仕事の忙しさで心の余裕を失い、つい度を越してしまたったりすることもあるでしょう。上司と部下の間の信頼関係があればよいのですが、忙しさのあまり他人を気遣う余裕がなくなり、日頃のコミュニケーション不足も手伝って、問題が大きくなってしまいます。
上司は、職場で働く職員が本来の能力を発揮できるよう良好な職場環境を維持していく傍ら、部門の業績をあげていくという重要な使命がありますので、職場では難しいかじ取りを求められます。
そのなかでも、部下も等しく人格を尊重されるべき人間であること、相手の立場に立って物事を考えてみるという心の余裕を失わないことが、マネジメントにおいて重要になってくると言えます。

*著者:弁護士 好川久治(ヒューマンネットワーク中村総合法律事務所。
家事事件から倒産事件、交通事故、労働問題、企業法務・コンプライアンスまで幅広く業務をこなす。)