大谷吉継の首級はどこに?湯浅五助との約束を果たした戦国武将・藤堂仁右衛門

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戦さで武勲を証明すると言ったら、敵の首級(しゅきゅう、しるし)にまさるものはありません。だから立身出世を望む者は誰でも、よりよい大将首を求めて戦場を駆けずり回ったものです。

しかし、中には目先の功名以上に信義を重んじた者もおり、自分の命も落としかねない極限状況だからこそ、その偽りなき心映えは後世に讃えられたのでした。

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「関ヶ原合戦図屏風」より、藤堂仁右ェ門(左)と湯浅五介(右)

今回はそんな一人、天下分け目の関ヶ原合戦(慶長5・1600年9月15日)で活躍した湯浅五助(ゆあさ ごすけ。隆貞)と藤堂仁右衛門(とうどう にゑもん。高刑)のエピソードを紹介したいと思います。

■我が首級と引き換えに……五助との約束

湯浅五助の生年および出自は不詳ながら、豊臣政権下の重臣・大谷刑部吉継(おおたに ぎょうぶよしつぐ)に仕え、重く用いられました。

関ヶ原合戦に敗れた主君・吉継は切腹に際して、癩(らい。ハンセン病)によって病み崩れた顔を敵に晒さぬよう五助に遺言します。

「……御意」

吉継の介錯(斬首)を済ませた五助はその首級を抱えて戦場を離脱、ここなら見つかるまいと首級を埋めたのですが、敵の追手である藤堂仁右衛門に見つかってしまったのでした。

「そこに埋めたは、大谷刑部が首級(くび)なるか!」

最早これまでと観念した五助。しかし一縷の望みに賭けて、仁右衛門へ取引を持ちかけます。

「藤堂殿……我が首は差し出すゆえ、どうか主の首級はお見逃し下さらぬか」

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