名前も変えるし後継者も決めちゃう!「占い」にハマっていた戦国時代の武将たち
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12星座占いや姓名判断、手相、四柱推命など、占いにはさまざまな種類があります。「占いはまったく信じない」という人から、「ついつい気になっちゃう」という人まで、占いとその人の関わりはさまざまだと思います。

しかし、占いとの関わりがそれぞれだったのは、現代人だけではなく、戦国の世に生きた武将たちも同じでした。そこでこの記事では、そんな占いと戦国大名たちの関係をご紹介したいと思います。

■名前だって占いの影響、武田信玄

戦国最強との呼び名も高い、武田信玄。

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「甲斐の虎」と称された彼ですが、意外にも占いを信じ、活用していました。風水や陰陽五行説が流行していた当時ですが、信玄が重視したのは手相でした。例えば、証文(当時の契約書にあたります)に押された敵の手形を手に入れて、手相を見ていたとか。

また、武田信玄はもともと「武田晴信」という名前でしたが、それを「信玄」に変更したのも、占いの影響という説もあります。

出兵するか否かも占うことがあったと言われています。信玄は易占いも用いていました。

熱心な勉強家であった信玄は、中国の兵書を読んでそのなかの「易経(中国五経の1つで陽と陰を組み合わせた六十四卦によって自然と人生の変化の道理を説いた書)」を好んでいたかもしれないという説があります。

■島津義久は何でもくじ引き?

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歌川国員「當世武勇傳 柴津(島津)少将源義久卿」

戦国時代を代表する島津四兄弟の長男である島津義久も、占いをよく使っていました。

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