『鎌倉殿の13人』静御前はその後、どう生きたか
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 5月22日、大河ドラマ『鎌倉殿の13人』第20話では、静御前(石橋静河)が登場し、源頼朝(大泉洋)の前で舞を披露する。愛する源義経(菅田将暉)をかばい、頼朝の前で義経を慕う歌を唄った静。ここまではよく知られているのだが、彼女のその後はあまり知られていない。今回は、その後の静御前について紹介する。

母に子どもを取り上げられる

 まず、鎌倉幕府の公式歴史書である『吾妻鏡』では、彼女の動向は頼朝の前での舞から半年後までしか確認できない。

『鎌倉殿の13人』静御前はその後、どう生きたか
画像は『吾妻鏡 ビギナーズ・クラシックス 日本の古典』(角川ソフィア文庫)

 舞から約1か月後、鎌倉の御家人たちの前で舞を披露するも、酔った御家人の一人に口説かれて大泣きする。本来、家来の身分であるはずの御家人から口説かれている状況に悲哀を感じてのことだったという。

 その数か月後、義経の子供を出産する。生まれた子供は男子であり、将来に禍根を残す恐れがあったため、幕府の命令で、由比ヶ浜に捨てられることが決まる。生まれたばかりのわが子を死なせまいと、静御前は数時間叫んだり喚いたりしながら抵抗する。しかし、なんと静御前の母である磯禅師が赤子を彼女から取り上げ、幕府に引き渡してしまう。

 さらに2ヶ月後。静御前と母・磯禅師は解放され、京都に帰る。その際、境遇を哀れんだ北条政子と政子の娘・大姫からいくらかの支援を受ける。

 そしてこの後、彼女は『吾妻鏡』や他の信頼できる史料から姿を消してしまう。


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