副業先の残業時間を事前申告する新ルールが9月スタート。働く人...の画像はこちら >>

厚生労働省は、副業をする人の残業時間について、勤務先に事前申告する新ルールを2020年9月からスタートしました。労働者の申告に基づき、本業と副業の労働時間を合算し、それぞれの勤務先において、時間外労働の上限を超えないように義務づけるというものです。
「副業を始めてスキルアップしたい」「収入を増やしたい」と考える人が増えている一方、副業解禁に慎重な企業は多く、副業をする人の割合は少数にとどまっています。

今回の指針を受けて、私たちの働き方にどのような変化があるのでしょうか。新ルール制定における背景、副業を行う上で企業側・労働者側、それぞれが気を付けるべきポイントについて、社会保険労務士の鈴木圭史さんに聞きました。

副業先の労働時間が管理しやすくなることで副業解禁への気運が高まるが、労働者が勤務時間を過少申告する可能性も。長時間労働に陥らないための管理体制が必要になる

Q:今回、副業に関する労働時間の申告について、新たにルールが追加されたことにはどのような狙いがあるのでしょうか?
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副業を希望する人が増加する中、日本で副業がなかなか普及しなかった理由の一つとして、企業側の「労働時間の把握が難しく、長時間労働を助長する」という意見がありました。そのため、副業解禁に慎重な姿勢をとっている企業は現在も多く見られます。

そこで、企業側が従業員の労働時間を管理しやすくするために「労働者本人が本業と副業の労働時間を申告する」という新たな指針を加えることになったのです。「副業先での労働時間が把握しづらい」という企業側の問題が解消されることによって、従業員の副業が認められやすくなることが狙いです。

Q:新ルールは、具体的にどのような内容なのでしょうか。
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本業と副業の労働時間を通算し、労働者が事前に時間外労働の上限を勤務先に自己申告します。具体的には下記の通りです。

・時間外労働の上限規制(月100時間未満、2~6カ月平均80時間以内)の範囲で、労働者は事前に本業と副業の勤務先に時間外労働の上限を申告。


・例えば、労働者が時間外労働を1カ月あたり60時間と設定した場合、本業で40時間、副業で20時間などと決めて、それぞれの勤務先に申告。
・両社は自社に対して申告された上限を守れば、相手先の残業時間が上限を超えても責任を問われない。

Q:副業の勤務時間は「時間外労働」という扱いになるのでしょうか?
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労働基準法では、法定労働時間(原則1日8時間)を超える時間外労働には、割増賃金を支払わなければならないと規定されています。ですので、本業で週40時間働いた場合、それ以外の労働時間はすべて時間外労働扱いになり、25%の割増賃金となります。時間外割増賃金の支払い義務は、原則、後から労働契約を締結した事業者側にあります。

すなわち、副業先での勤務は時間外労働になりやすく、割増賃金となる可能性も高くなります。

Q:今年9月1日には、「労働者災害補償保険法」も改正されました。副業をしている人にどのような影響がありますか?
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これまでは、複数の企業で働いている労働者の場合、労働災害が発生した職場のみの業務上の負荷を評価して労災認定が判断されていましたが、9月1日以降は全ての就業先の賃金額を合算した額をもとに保険給付額が決定されることになりました。ただし、副業先とも雇用契約を結んでいて、雇用保険が適用される働き方であることが条件となります。

Q:副業を行うにあたって、労働者が気を付けるべきことは?
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ガイドラインには「労働者の留意点」として、下記の内容が挙げられています。

① 就業時間が長くなる可能性があるため、労働者自身による就業時間や健康の管理も一定程度必要である。
② 職務専念義務、秘密保持義務、競業避止義務を意識することが必要である。


③ 1週間の所定労働時間が短い業務を複数行う場合には、雇用保険等の適用がない場合があることに留意が必要である。
<参考:厚生労働省「副業・兼業の促進に関するガイドライン」(2020年9月改定)>

このほか、副業の年収が20万円超えた場合、税金の納付義務が発生するため、労働者は確定申告をする必要があります。20万円超の収入があるにもかかわらず、確定申告を行わなかった場合、追徴課税などの罰則があります。

一方、副業の種類によっては、所得税が源泉徴収されているケースもありますので、その場合は確定申告をすれば税金が戻ってくる可能性があります。

Q:労働者が勤務先に副業を報告しなかった場合、どうなるのでしょうか?
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就業規則で副業が禁止となっている場合は、もちろん職務規定違反となります。また、副業が認められていても、所定の手続きを取らずに副業が発覚した場合、内容に問題がなくても、就業規則違反で処分が下る可能性もあります。

まずは一度、勤務先の就業規則を確認してみてください。

最近では、クラウドソーシングなど単発の仕事を受注する人が増えていますが、たとえ直接雇用の仕事ではなくとも、報告を義務付けている会社は多いと思います。

また、ケガや病気などで労災判定が下りた場合、先述の通り9月からは全就業先の賃金額をもとに保険給付額が算定されますが、副業を内緒で行っていると、休業補償が本業の賃金額分しか算定されないことになります。

Q:新ルールの普及により労働時間の明確化が期待されますが、労働者の自己申告にのみ委ねられているという点では不安もあります。現時点で考えられる問題点はありますか?
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労働者が収入を増やそうと長時間働き、上限規制にかからないよう、実際に働いた時間を過少に申告する問題も想定されます。企業側は、面談などで従業員の健康管理を徹底する必要があるでしょう。

また、時間外労働に対して会社は25%の割増賃金を払う義務がありますが、副業先が割増賃金の支払いを避けるために、労働者に対し、業務委託などの働き方を提案する可能性もあります。この場合、直接雇用契約ではないので、最低賃金も雇用保険も適用されない働き方となってしまいます。

労働者の側も、割増賃金になると副業先に雇ってもらえないと考え、必要な申告をしなくなることが予測されます。労働者自身も、不利益となる働き方を選ばないよう、十分に気を付けなくてはなりません。

Q:副業を推進する上で、企業側は今後どのようなことに気を付けていくべきでしょうか。
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企業側が副業を認めることで、従業員のスキル向上や人脈拡大といったメリットが見込める一方、自社の機密事項が流出するリスクもあります。従業員に対して、業務上秘密となる情報の範囲や、業務上の秘密を漏洩させないよう注意喚起を徹底し、秘密保持や競業避止に関する誓約書を提出させることも検討すべきでしょう。
前述の通り、副業で一定額の収入を超えると確定申告の義務が発生しますので、今後は税務面に関する社員教育も必要になりそうです。

副業の実態として、残業手当が減って生活が成り立たなくなった人が、生活費を補うために副業せざるを得ないというケースが少なくありません。労働者が不安定な働き方に陥らないよう、企業側は賃金体系の見直しや生産性を上げる努力も必要になると思います。長時間労働を防ぐために、副業をする従業員の健康チェックや面談など、管理体制を強化していくことも重要です。

(鈴木 圭史/社会保険労務士)