病気のときも、いろいろ調べては最悪の場合を想定して落ち込んでいた。

ところが、事件が起きてからの妻は驚くほどポジティブ。

本来楽天家だと思っていた私のほうが事件を引きずっていて、ときどき気持ちが沈んでしまうこともあるんです」

それが一般的な被害者遺族の心境というものだろう。

「でも、家族のなかで彼女だけが“被害者遺族”ではなく、前向きにどんどん前に進んでいく。そんなふうに見えています」

ご主人の言葉を伸子さんに伝えると、苦笑しながらこう言った。

「たしかにかつての私は不安性で、息子の受験に執着したり、友人とのささいな行き違いにイライラしたりとストレスをためがちでした。

病気をしたとき、そういう私の不安や怒りが体に出たんだと、すごく感じたんですね。

やっぱり執着したらダメなんです。

執着を外して『もういいわ』『なるようにしかならんわ』って思えたとき、すべてが好転していった。そういう実感があるんです」

■覚醒剤で6回服役した反社会的勢力の元幹部も

被害者遺族という執着を捨てると気持ちが軽くなった。心が自由になり、考え方がシンプルになった。そこから加害者支援の方向にも目が向いていったようだ。

「兄の事件の加害者が、再犯だったことを知って、加害者の話も聞いてみたいと思ったのが最初です」

ワンネスで最初に話を聞いたのは、覚醒剤で6回服役した反社会的勢力の元幹部だった。

「その方の生い立ちを聞いてみると、むちゃくちゃなことをずっとやってきて、家族には迷惑をかけっぱなし。

薬物で体を壊して、いつまで生きられるかわからない。でも最後は少しでも社会に貢献して死にたい、まっとうに生きたいっておっしゃって」

子ども食堂をやりたい、農業もしたい、“グリ下(グリコ下)”に集まる少年少女に声をかける活動をしたいと、元幹部は夢を語った。

「私、感動して泣いてしまったんです。人はこんなにも変われるんだと思ったら、涙が止まらなくて」

更生といっても、もちろん一筋縄ではいかない。それでもその彼とともに前を向いて歩んでいきたいと、伸子さんは考えている。

「人って、つらいときでも希望がないと生きにくいと思うんです。

ですから『更生プログラムを一からやり直して、また自由に外出できるようになったら、青少年への声がけ、私も一緒にさせてもらいますよ』と、伝えてきました」

今年3月、伸子さんは気軽に立ち寄れるサロン「よすがのところ」を新たに開設した。

「『よすが』とは、心のよりどころという意味。モノリナを聴いてもらって、お話を聞かせていただいて、心の整理をしてもらおうと思って始めました」

モノリナとは音響療法などに使われるドイツの楽器で、雅楽器にも似た低く響く不思議な音がする。

悩みを抱えた人たちが伸子さんとの対話を求めてやってくる。

取材にきた新聞やテレビ局の記者たちが、最後に自分の悩みを相談していくことも多いそうだ。

本誌記者も、気がつけば「仕事が立て込むと、視野が狭くなってしまう」と、愚痴をこぼしていた。

「余裕がなくなるとダメですよね。一日のうち5分でも、たとえばお風呂で湯船につかっている間だけでも何も考えない。無になるっていう時間を作るといいですよ」

なるほど。聞いてもらっただけでも、心が軽くなるから不思議だ。

相談で多いのが、やはり人間関係。職場や周りに嫌な人がいるという問題はどこにでもある。

伸子さんの答えはこうだ。

「あなたの人生の主人公は、あなた自身。嫌な人は、ただの脇役にすぎません。あなた自身の物語でも、何もないと面白くないから、脇役さんが出てきて、刺激を与えてくれているんです。『わざわざ嫌われ役をやってくれてありがとう』くらいに思ってみてください。感謝することが大事です」

感謝して、面白がる。

それこそが楽に、前向きに生きる極意だそうだ。

「感謝って、忙しかったらできません。心にゆとりがないと、感謝どころじゃないでしょう。目の前のことばかり見て、自分をまったく見ていない人が多いんですね。周りばかり見ているから、何かあったときには全部周りのせいにしてしまう。

でもそれって実は、ふだんの自分の行動や言葉が映し出されているんです。自分が自分の人生を創っていく。そのことを覚えておいていただけたらと思います」

70歳、80歳になっても、困り事がある人が気軽に立ち寄れる居場所を作りたい。

それが伸子さんの夢だ。

「昔のお寺のようなイメージですね。よぼよぼの私が座っていて、その前に話をしに来た人たちが列を作って待っている。話をした後は、みんなが笑顔になって帰っていく。そんなことを、いつか奏蓮の名前でやれたら面白いなって思っています」