日本時代の「日東紅茶」工場跡地が“復活”、観光スポットに/台湾・桃園

日本時代の「日東紅茶」工場跡地が“復活”、観光スポットに/台湾・桃園
(台北 13日 中央社)日本統治時代に海外輸出向けの紅茶の生産が盛んだった台湾北部・桃園県の大渓で、このほど製茶工場跡が観光スポットとして再活用されることになった。レトロな建物の中では地元産の有機蜜香紅茶・緑茶が販売されている。13日付の聯合報が伝えた。

大渓は現在では古い街並み(老街)や豆腐の一種、豆干(ドウガン)の産地で知られているものの、かつてはここで日本内地や海外へ向けて輸出用の紅茶が作られていたことは今ではあまり知られていない。

日本統治時代の1899(明治32)年、三井物産が現在の新北市海山区と桃園県大渓郷で大規模な茶園の経営を始め、1926年(大正15年)に現在の大渓工場の前身である角板山工場が誕生。その後、ヨーロッパを中心に紅茶が好まれたため日本側は紅茶の生産に切り替え、全盛期には1日3交替24時間操業で年間最大600トンを生産していたという。

当初、この台湾産の紅茶をインドのダージリンに送って現地のものと比較したところ、品質も遜色なく、その後は英国貴族から指名されるまでになった。元々は「合名茶」とよばれていたが、他の紅茶と区別するため「日東紅茶」と名を改めて輸出され、外貨の獲得に貢献した。

戦後は台湾農林公司に引き継がれ、茶の製造はその後も続いたが、経済成長にともなう地域労働力の流出と、政府による製茶管理規則の廃止による小規模製茶工場の乱立、台湾の紅茶需要の落ち込みで、同社は1995年、ついに大渓製茶工場の廃止を決めた。

時代の移り変わりとともに忘れられがちだった大渓の紅茶だが、今、大渓観光の目玉としての“工場復活”で、関係者は観光客に往時の紅茶の香りを再び味わってほしいとしている。

(編集:谷口一康)

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