臓器に記憶は宿るのか?心臓移植患者の多くが体験する奇妙な性格や好みの変化
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 心臓などの臓器を移植された後、その患者の性格や好みが変わるという奇妙な現象がいくつも報告されている。

 不可思議なことに、そうした変化はしばしば臓器を提供したドナーの性格や好みを反映しているのだという。

 まるで臓器移植によって他人の記憶や性格までが移植されたかのようなこの現象は、何が原因で起きるのだろうか?

 サウジアラビアの研究チームは過去の関連研究をレビューし、この不可思議な現象の謎に迫っている。

 記憶は臓器にも宿るのか? ここで紹介するのは、そんな常識をくつがえすような医学のミステリーである。

心臓移植後、無性にケンタッキーが食べたくなった女性

 臓器移植による記憶の移転は、さまざまな臓器で報告されている。だが、とりわけ多いのが心臓移植を受けた患者の事例だ。

 心臓を移植された人々から、食べ物や音楽の好みはおろか、ときには性的な嗜好までが変わったという話が報告されているのだ。

 しかも驚くべきことに、そうした変化の中には、臓器を提供したドナーの記憶や性格を受け継いだのではと思わせるようなものがある。

 たとえば2002年の研究[https://digital.library.unt.edu/ark:/67531/metadc799207/m2/1/high_res_d/vol20-no3-191.pdf]は、心臓手術を受けたとある女性の奇妙な事例を紹介している。

女性はダンサーで振付師だったこともあり、健康には気をつかっていた

ところが、病院を退院してから間もなく、ケンタッキー・フライド・チキン(KFC)のナゲットを無性に食べたくなったのだ。それまで一度も食べたことなどなかったというのに…

興味深いことに、彼女が移植された心臓は若い男性のものであり、その男性が亡くなった際、彼のジャケットの中から手つかずのKFCのチキンナゲットが見つかった

 この不可思議な一致をどう考えればいいのか?

 KFCを食べられずに死んだ男性の無念が、心臓を介して女性に移ったなどということが本当に起きたのだろうか?

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心臓はどのように脳とコミュニケーションを交わすのか?

 これはオカルト話ではない。もし本当に心臓を移植されることで、ドナーの記憶や人格が受け継がれるのなら、その裏には知られていない何らかの生物学的なメカニズムがあるはずだ。

 今回のレビューを行ったサウジアラビア、キング・アブドゥル・アズィーズ大学の研究チームは、仮説として次のような可能性を挙げている。

1.細胞の記憶

 神経細胞以外の細胞でも、ネットワークを形成することで記憶を保持できるのかもしれない。ならば心臓を移植されることで、その細胞が持つ記憶も移植されると考えられる。

 あるいは、それによって移植を受けた人の細胞ネットワークが乱れ、記憶が変化するのかもしれない

2.エピジェネティックな変化

 私たちの遺伝子のスイッチは、生きている間に変化する。

それを研究する学問をエピジェネティク(後成遺伝学)という。

 心臓を移植されることで、エピジェネティックな変化が起こり、それによって人格が変わるのかもしれない。

3.エネルギーの相互作用

心臓の電磁場が、それを移植された人の体に影響する可能性がある。

4.心臓脳

 心臓には神経ネットワークがあり、これが鼓動の制御に大きな役割を果たしていることが明らかになっている。

 このネットワークに記憶が保存されており、脳とコミュニケーションを交わしているのかもしれない。

 これまで心臓と脳の関係についての研究では、脳が心臓に与える影響に着目されることが多かった。

 だが、そうした影響は一方通行なものではなく、お互いに作用しあっていることが明らかになりつつある。

 ならば、移植された心臓が新しい宿主の脳に働きかけ、影響していたとしてもおかしくはないだろう。

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メカニズムの解明は今後の課題

 臓器移植によって、患者に記憶や性格を変化させるはっきりとしたメカニズムはまだ解明されていない。

 もしかしたら移植手術で受ける体や心の負担が、患者の人格を変えている可能性はあるだろう。

 ほかにも、拒絶反応を抑える免疫抑制剤や鎮痛剤の影響など、さまざまな可能性が考えられる。

 一体何が原因で、このような不可思議な現象が起きるのか? これは科学の常識をくつがえすような興味深いテーマだ。

 今回の研究チームは、論文で次のように結論づけている。

新たに集まりつつある証拠は、心臓移植にはドナーの性格や記憶の移転をともなう可能性を示唆しており、記憶やアイデンティティに関する従来の常識に挑戦している

 記憶の移転・神経可塑性・臓器統合の複雑さを解明するためには、さまざまな分野における研究が必要であるとのこと。

 そこから明らかになることは、ただ臓器移植や神経科学のさらなる理解につながるだけでなく、人間のアイデンティティとは何かという哲学的な問いにも一石を投じるかもしれない。

 この研究は『Cureus[https://www.cureus.com/articles/250454-beyond-the-pump-a-narrative-study-exploring-heart-memory#!/]』(2024年4月30日付)に掲載された。

References: Do Donor Organs Transfer Memory? Heart Transplant Patients Report Strange Personality Changes | IFLScience[https://www.iflscience.com/do-donor-organs-transfer-memory-heart-transplant-patients-report-strange-personality-changes-77153]

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