
現代の食生活や衛生環境の変化、抗生物質の乱用などの影響で、腸内細菌をはじめとする微生物の多様性が失われつつある。
こうした危機に備え、スイスの科学者たちは「マイクロバイオータ・ヴォールト(微生物叢保管庫)」を設立した。
人間の便や発酵食品に含まれる微生物を冷凍保存し、未来の世代に残すことを目指すこのプロジェクトは、スヴァールバル諸島の種子貯蔵庫にヒントを得て進められている。
すでに1,200以上の便サンプルが保管され、研究チームは2029年までに1万点の便の収集を計画している。
科学者たちは「未来の世代に微生物の多様性を残すことは私たちの責務だ」と語っている。
この研究は『Nature Communications[https://doi.org/10.1038/s41467-025-61008-5]』誌(2025年6月27日)に掲載された。
微生物の多様性を未来に残すプロジェクト
スイスの科学者たちが進める「マイクロバイオータ・ヴォールト[https://www.microbiotavault.org/](Microbiota Vault:微生物叢保管庫)」は、人間の便や発酵食品に含まれる微生物を冷凍保存し、未来の世代に微生物の多様性を残すことを目指す国際プロジェクトだ。
2018年に構想が始まり、植物の遺伝的多様性を守るノルウェーのスヴァールバル世界種子貯蔵庫に着想を得て計画されたもので、いわば微生物版の「ノアの箱舟」のようなものだ。
2029年までに1万点の人間の便サンプル取得を目指す
現在、チューリッヒ大学の施設には、ベナン、ブラジル、エチオピア、ガーナ、ラオス、タイ、スイスといった国々から集められた 1204点の便サンプルと190種類の発酵食品サンプル、計約1400点がマイナス80度で冷凍保存されている。
研究チームは現在、新たに多くの人間の便サンプルを積極的に集め、2029年までに1万点の便サンプルの収集し、保存規模を大幅に拡大する計画を立てている。
微生物喪失がもたらすリスク
便には数兆の微生物が含まれ、消化、免疫、精神の健康を支えている。
これらの微生物で構成される腸内細菌叢は、現代の食生活や衛生環境の変化、抗生物質の過剰使用、気候変動による環境影響で多様性が失われつつある。
微生物多様性の喪失は、アレルギーや自己免疫疾患、代謝障害の増加、生態系の回復力低下とも関わっていると研究者たちは警告する。
実際、抗生物質に触れたことのないエチオピアの牧畜民の子どもたちの便サンプルからも、耐性菌の兆候が見つかり、危機の深刻さが浮き彫りになったという。
将来的には人間由来以外の微生物も集める計画
現在は、腸内細菌など人間や食品由来の微生物の大規模保存を中心に行われているが、将来的には人間以外の動物、植物、そして土壌や水など環境に生息する微生物も対象に加え、大規模な保管を進める計画だ
こうした多様な微生物が、将来の研究、医療、生態系の再生に役立つ可能性があると考えられている。
保存施設の候補地には、寒冷地のスイスやカナダが検討され、停電や災害時でも保存状態を維持できるよう計画が進められている。
現時点で冷凍微生物を使った腸内や生態系の回復例はないが、科学者たちは「いつの日か科学が進歩し、優れた技術が開発されると信じている」と語っている。
References: Nature[https://www.nature.com/articles/s41467-025-61008-5] / Microbiotavault[https://www.microbiotavault.org/project/] / Newswise[https://www.newswise.com/articles/a-global-microbiome-preservation-effort-enters-its-growth-phase]
本記事は、海外で公開された情報の中から重要なポイントを抽出し、日本の読者向けに編集したものです。