第二次世界大戦中、戦争捕虜たちはオリンピックを開催していた。「ヴォルデンベルグ・オリンピック」(ポーランド)

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シーツで作られた手作りの五輪旗
 7000人の捕虜のうちおよそ369人が参加し、ほとんどの選手がハンドボールからバスケットボール、果てはチェスまで、複数の競技に出場した。ボクシングもあったが、捕虜たちの体力が弱っていたため、骨折が相次ぎ、試合は早く決着がつく結果になった。
 ほぼ同じ頃、別のポーランドの捕虜収容所、グロス・ボーン(収容人数3000人)でも、独自のセレモニーが行われ、優勝者はボール紙で作ったメダルを授与された。オフラグと共にもともとは将校用の収容所だったため、ドイツ側も肩書きのついている捕虜たちに一目おいていたせいもあって、こうしたことが許可されたと思われる。
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 両収容所のこうした草の根的なオリンピックは、更に4年後、1944年7月と8月にも行われた。1945年1月までに、それぞれの捕虜たちは収容所から移送されることになり、この死の行進の間にどれくらいの数の死者が出たのかはわかっていない。しかし、オリンピック旗のひとつが生存者のアントニー・グルゼジクの手元に残されていた。
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 1974年、この中尉によって旗はワルシャワのスポーツ&ツーリズム博物館に寄贈され、1940年の非公式オリンピックで使われたほかの旗と一緒にされた。これらは、自由な人生を失ったことを嘆き悲しむのではなく、大勢の男たちが希望を失わなず、短い間でも人生を謳歌できたスポーツライフの象徴として、今日でも大切に保管されている。

via:mentalfloss・原文翻訳:konohazuku

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「第二次世界大戦中、戦争捕虜たちはオリンピックを開催していた。「ヴォルデンベルグ・オリンピック」(ポーランド)」の みんなの反応 1
  • ルカちゃん 通報

    嘘がえらいですがいいのかもしれませんでしということができることを思い出しましたとかもしれませんでしたは鶏胸肉かねと言われるけどねえたからもうちょい早くなっては

    0
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2015年5月1日のびっくり記事

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