海と宇宙、本当に怖いのはどっち?海派・宇宙派がそれぞれの立場で恐怖の本質を議論

海と宇宙、本当に怖いのはどっち?海派・宇宙派がそれぞれの立場で恐怖の本質を議論
       


 海と宇宙、人はどちらにより恐怖を感じるだろうか?
 あなたならどっちが怖い?

 それぞれの陣営は、その恐怖を声高に語り、一歩も譲ろうとはしない。以下は、2人のライターがそれぞれの立場から、その恐怖の本質を綴ったものだ。

【海の方が怖い派の意見】

 宇宙に行ける人間はごく一握りだけだ。宇宙の恐ろしい点は、生命にはまったく優しくない虚空にあるだろう。

 それは純粋に理論的なもので、ここ地上においてはっきり感じることは難しい。宇宙は馬鹿げているほど広大無比で、ただ何もないだけだ。

 一方、海の場合は人をリアルに恐怖させる。確かに宇宙は海など比べ物にならないほどに広大だ。しかし人間のスケールでは、その違いにはほとんど意味がない。

 人間ごときでは、海ですらそのほんの片鱗程度のものしか目の当たりにできないのだ。人類は未だ海の5パーセント程度しか探索できていないことを知るべきだ。

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 実際のところ、宇宙に放り出されてすぐに窒息するのと、海で数時間立ち泳ぎして溺れて窒息するのとで、実質的な違いはない。

 むろん、岸から何キロも離れた海のど真ん中にぼちゃんと落ちたような状況では、速やかに忍び寄る死を想像する時間は長くなるだろう。恐怖の本質とは予測だ。

 その間、自分の周りを泳ぐ本物のモンスターに怯えねばならないかもしれない。そこにサメや巨大なイカが潜んでいることは誰もが知っている。

 想像してほしい。暗い海を覗き込み、そこに蠢く影があるところを。だが、それだけではない。そこにいる魚、いやクリーチャーはラヴクラフトの邪神も顔負けの恐ろしい容貌をしているのだ。

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 これは宇宙の深淵で地球の征服を企んでいるかもしれないエイリアンとは違い、現実のものだ。確かに火星と同じく、我々のほとんどは海に隠された最悪の存在と出会うことがないであろうが、それはそこにいる。

 我々の目に触れることはないが、我々のすぐ側の足元で、深く静かに潜んでいるのだ。海は彼らの領域だ。

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 我々がこの世界が動く仕組みについてほとんど知らないという恐怖から目を背け、安心しているためには、太古の時代、我々もまた海から誕生したのだとヒステリックに叫ぶしかないだろう。

 あなたは宇宙に恐怖するかもしれない。

宇宙は一切の帰結であり、陰鬱でよく知られた唯一永遠の事実は、そのすべてが物理的存在の布に書き込まれた自己修正と浄化と抹消による偶然である

 だがエントロピー(原子的排列および運動状態の混沌性・不規則性の程度を表す量)への恐怖が、ノコギリのような尾を持つ地獄の死者のようなサメの現実の恐怖を上回るとは思えない。

 宇宙の恐怖とは、そこで生きることはできないという実存に関する恐怖でしかない。

【宇宙の方が怖い派の意見】

 海は宇宙よりも恐ろしくないどころか、そもそも怯えるべき存在でもない。それどころか、懐かしいものだ。そこからまるで恐怖を感じられないのは、宇宙こそが恐怖であるからだ。

 そもそもの間違いは、ときおり浜に打ち上げられたり、漁師の網にかかったりする、醜く愚かな魚などに頭を悩ませることだ。


 さらにおかしいのは、我らの古代の祖先が海水から這い出して、足や肺を発達させ、やがて海を忘れ去ったときのことを、計り知れぬ恐怖だなどと感じていることだ。

 それはとても懐かしく、揺らぐことのない記憶ではないか。そこは生命が誕生した場所であり、宇宙から守られ、無関心な宇宙にとってはなんの意味もない何もない泥が、存在へと変化するというプロセスが起きた安全なところである。

 海はあらゆる生命のゆりかごで、それゆえに安心感を抱くのが道理であろう。

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 この点でフロイトは正しかった。海への恐れとは自分自身への恐れである。
 つまり窺い知れぬ深淵が制御不能な恐怖を抱えているという恐れだ。

 自分自身について知らぬことがあり、それは悪いものに違いないという恐れだ。なるほど、愚かな魚どもには人間のような歯が生えているかもしれない。

 だが、あなたは人間の歯を持つ魚だ!

 深海のアンコウはあなたの親戚なのだ。仮に我々に宇宙の隅から隅まで探索できるだけの時間があるとして、そこでカメラが捉えるであろうものに比べれば、アンコウなどほぼ100パーセントと言っていいほどにあなたに似ている存在だ。

 なぜならそれは生きている。フクロウナギを見よ!
 それがあなたの仲間だと知るがいい!

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Eel with mouth like a pelican

 人は海で死ぬことができる。もし海のど真ん中に取り残されれば、しばらくの間はあっぷあっぷと浮かんでいるだろうが、やがて力尽きて死ぬ。

 それが砂漠のど真ん中でも同様だ。つかの間だけ死を遠ざけてくれる無益な努力を省いてくれる経験を求めているのなら、宇宙に目を向ければいい。

 夜空を見上げれば、宇宙が荒涼とした凍てついた場であることを思い出すだろう。そこは生命が思考し、「海は宇宙よりも恐ろしい」などと愚かな考えを述べられるようになるずっと前に、エントロピーが増大した砂漠と化している。

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 そのプロセスはすべて、我々のものではない時系列で観察されたもので、永遠かつ不可逆的な冷たさと虚無を好みつつ、それを生み出す。

 それはそれまでに生命が存在した場合に起きる現象、すなわち死ではなく、そもそも生命が存在しないのだ。無である。文字通りあらゆる時間における、文字通り全方位において、あなたの人生のあらゆる瞬間は、議論の余地のないぽっかりと開いた一切の無に囲まれて経過している。

 それを覆せるものはない。だが、ときおり海という友が――宇宙全体でこれまで発見されたあらゆる生物が共通して持つ友が――未知の醜い生物を浮かび上がらせる。

 煙突のような大きさのチューブワーム、機械をバラバラにしてしまえるタコ、膨大な宝石が積み重なったかのようなカニ——それは宇宙における悪ふざけ——動き回り、子供を作り、それを何よりも好み、一瞬にして亜原子のチリに飛散するかわりに繋ぎとめようとする一切が悪ふざけだ。

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・脅威のインパクトに勝てる気がまったくしない、「熱水ワーム」の新たなる画像が公開 : カラパイア

 海は未知の場所だ。それは神の恵みだ。
 何が安心かと言えば、未知のものがあることだ。

 そこは未発見で、ナンセンスと分類されていないものが存在する場所で、虚無がそれらを無に帰してしまっていない場所だ。

 何が安心かと言えば、あらゆる道理に反し、無関心に直面しながらも、本質的に唯一ここにおいて過去から現在に至るまで、大きな水溜りの中で、新たなる不合理な悪ふざけが生き、繁殖し、排泄し、死に、この周囲の仕組みに対して反抗を続けているということだ。

 宇宙は一切の帰結であり、陰鬱でよく知られた唯一永遠の事実は、そのすべてが物理的存在の布に書き込まれた自己修正と浄化と抹消による偶然である。宇宙は唯一の恐ろしいものだ。

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【さて、あなたならどちらが怖い?】

 海に恐怖するかの者は、「恐怖の本質とは予測」と述べた。確かに言い得て妙だ。宇宙は帰結である。人類が星々の間を旅できるようになるかに関わらず、あらゆる物語の帰結であり、予測しうる唯一の結果だ。

 あらゆる方向、あらゆる次元において神秘の虚空が永遠に続く。悪夢のような魚は、一瞬にも満たない瞬間しか存在しない。さてリアルはどちらだろうか?

References:Which Is Scarier, Space Or The Ocean? The Great Debate/ written by hiroching / edited by parumo

記事全文はこちら:海と宇宙、本当に怖いのはどっち?海派・宇宙派がそれぞれの立場で恐怖の本質を議論 http://karapaia.com/archives/52262832.html

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