疫病根絶のため、自らの腕を数千匹の蚊に捧げた科学者(※蚊大量注意)


 科学者はときに自らを犠牲にしてでも、世のため人のために真理の探究に邁進する。この男性も、こにいる男もそうした勇者とでもいうべき科学者だ。

 オーストラリア、メルボルン大学のペラン・ストット・ロス博士もそんな科学者の1人である。彼は自らの腕を実験台にし、数千匹の蚊に刺されながら、「デング熱」の予防法の解明にあたっているのだ。

【デングウイルスに有効な細菌、ボルバキア】

 デング熱は、主にネッタイシマカが媒介するデングウイルスによって引き起こされる。ウイルスを宿した蚊に刺されると、その唾液と一緒にウイルスが体内に侵入して感染。頭痛や発熱、筋肉や関節の痛み、皮膚の発疹といった症状が現れる。

 WHOによると、毎年増加傾向にあり、2019年だけでも420万人が発症。これで命を落とすことは比較的少ないが、生命を脅かすデング出血熱に発展し、出血性のショックを引き起こすこともある。

 しかし、そんなデング熱を防ぐ効果的な方法がある――「ボルバキア」を利用するのだ。

 ボルバキアとは、節足動物やフィラリア線虫の体内に生息する共生細菌の一種で、感染した宿主からその子へと受け継がれるという特徴がある。また面白いのは、オスのみを殺したり、性転換や単為生殖させたりと、宿主の生殖システムを変調させることだ。

 ことデング熱に関しては、体内にボルバキアを宿した蚊はなぜかウイルスを感染させなくなる。それでいてボルバキア自体は人体に無害なので、蚊にこれを感染させれば、デング熱の拡散を防ぐことができるのだ。

[画像を見る]
ボルバキア image by:WIKI commons
【ボルバキアに感染した蚊を作るため、自らの腕を捧げる科学者】

 問題は、放っておくだけでは簡単にネッタイシマカにボルバキアが感染してくれない点だ。そこで、人間が顕微鏡を覗きながら手作業でボルバキアに感染した蚊を探し、それを抽出して別の蚊に感染させなければならない。

「プレパラートに蚊の卵を並べて、極微操作装置の細い針で卵を刺します。ボルバキア入りの細胞を吸い出して、それを別の卵に注入し、運よくそれが生き残れば、次の世代にボルバキアを伝えてくれます」と、ロス博士は説明する。

 とにかく地道な作業で、ボルバキアに感染したメスを1匹見つけるためには、200~1万個の卵に針を刺さねばならないという。時間にすれば、フルタイムで作業して6か月かかるのだとか。

 こうして無事にボルバキアに感染した蚊の一族を手に入れたら、今度はそれを繁殖させなければならない。

 ボルバキア入りの蚊が野生の蚊と着実に交尾してくれるようにするためには、3~10軒の家に1匹は必要になる計算だ。

 ある地域でデング熱を予防しようと思えばとんでもない数の蚊を育てねばならないことは、すぐに察しがつくだろう。

 ロス博士はそのために己の腕を蚊に捧げているのだ。


 ある日などは、5000匹の蚊に自らの血を分け与えた。それでも吸われた血液は16ミリリットル程度だとのこと。献血するよりはずっと少ない。


 「たまにイイところに刺さって、ちくっと痛むこともありますが、大体はちょっとヒリヒリするだけです。その後は猛烈にかゆいですけれどね。腕を出したら、かきむしる誘惑に耐えなきゃいけません。」


【ボルバキアはデング熱以外の感染症予防にも】

 ボルバキアは、デング熱だけでなく、蚊が媒介するほかの病気にも有効とされる。

 たとえば中国では、ボルバキア(この場合は卵の孵化を防ぐ)と放射線(生殖能力をなくすためのもの)を使って、2つの島の蚊を一掃することに成功している。

 またマーレシアでもデング熱、ジカ熱、チクングニア熱を予防するために、ボルバキア入りの蚊の放出計画が実施され、クアラルンプールではデング熱が4~6割減少したという。この成功を受けて、昨年さらに同計画は規模が拡大されたそうだ。

References:This Brave Scientist Deliberately Feeds Himself to Infected Mosquitoes For Science / written by hiroching / edited by parumo

記事全文はこちら:疫病根絶のため、自らの腕を数千匹の蚊に捧げた科学者(※蚊大量注意) http://karapaia.com/archives/52295251.html