ホモ・エレクトスとデニソワ人の交配による遺伝子変異が一部地域の現代人に残されていた
北京原人の頭蓋骨のレプリカ public domain / Wikimedia

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 北京原人を含むホモ・エレクトスの遺伝子変異が、東南アジアやオセアニアの現代人のゲノムに受け継がれていたことが明らかになった。

 中国科学院の研究チームがホモ・エレクトスの歯の化石から遺伝子情報を読み取ることに成功し、デニソワ人との交配を経て現代人に伝わっていたことが判明した。

 かつて絶滅したと考えられていた化石人類の遺伝子が、今もアジア・オセアニアの人々の中に生き続けているのだ。

 この研究成果は『Nature[https://www.nature.com/articles/s41586-026-10478-8]』誌(2026年5月13日付)に掲載された。

ホモ・エレクトスの歯から遺伝子情報を読み取ることに成功

 約200万年前にアフリカで出現し、その後ユーラシア大陸へと移動したホモ・エレクトスは、現代人(ホモ・サピエンス)が登場する以前に絶滅した化石人類の一種だ。

 北京原人(ホモ・エレクトス・ペキネンシス)はホモ・エレクトスの亜種で、中国・北京近郊の周口店遺跡で20世紀初頭に化石が発掘されたことで世界に知られるようになった。

 これまでホモ・エレクトスの遺伝情報を調べることはほぼ不可能とされてきた。

 DNAは時間とともに劣化するため、数十万年前の化石からはほとんど回収できないからだ。

 唯一の例外は、ジョージア南部のドマニシ遺跡で発見された177万年前の歯から抽出されたペプチドだったが、この配列にはホモ・エレクトスを他の人類系統と区別するための手がかりが含まれていなかった。

 中国科学院古脊椎動物・古人類研究所のフー・チャオメイ博士が率いる研究チームは、DNAの代わりに歯のエナメル質に残った古代タンパク質を分析する手法に着目した。

 歯のエナメル質は人体で最も硬い組織であり、DNAが完全に失われた後もタンパク質が長期間残存しやすい性質を持つ。

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化石を壊さずにタンパク質を抽出する新手法

 研究チームが分析したのは、北京原人の化石で知られる周口店をはじめ、和県、孫家洞という中国の3つの遺跡で発見されたホモ・エレクトスの歯6本だ。

 いずれも約40万年前のものとされ、比較対象として中華人民共和国の黒竜江省、ハルビン産のデニソワ人の歯も加えた。

 化石は世界にひとつしかない貴重な標本であるため、破壊することは許されない。

 そこで研究チームが採用したのが「酸エッチング法」だ。

 歯の表面にごく薄い酸を作用させ、表面の層だけをわずかに溶かすことでタンパク質を取り出す方法で、標本の形や構造を損なわずに分子情報だけを回収できる。

 本番の前に、同じ遺跡から出土した動物の化石で予備実験を行い、タンパク質が残存しているかどうかを先に確認し、陽性の結果が得られた。

 この成功により、初めて人類の化石への適用に踏み切った。

 6本の歯から11種類のタンパク質と数百のアミノ酸の位置情報が、質量分析法によって読み取られた。

 質量分析法は、分子の重さを精密に測定してその種類を特定する技術で、タンパク質の変異を調べる際に広く使われている。

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ホモ・エレクトスとデニソワ人の交配を経て現代人へ

 タンパク質の詳細な分析から、2つの遺伝子変異が明らかになった。

 1つ目は「AMBN-A253G」と呼ばれる変異で、歯のエナメル質の形成に必要なアメロブラスチンというタンパク質に見られる。

 分析した6体すべてのホモ・エレクトスに共通しており、他のどの人類系統にもこれまで確認されたことがない変異だ。

 安徽省馬鞍山市和県の化石がホモ・エレクトスに属するかどうかをめぐる長年の学術的論争も、この変異の発見によって決着がついた。

 2つ目の変異「AMBN-M273V」は、もともとデニソワ人にのみ存在すると考えられていたが、今回の分析でホモ・エレクトスも同じ変異を持っていたことが判明した。

 デニソワ人とはシベリアのデニソワ洞窟を中心に知られる謎多き古代人類で、骨や歯の断片からDNAが解析されることで存在が明らかになった。

 研究チームはホモ・エレクトスとデニソワ人が同じ変異を持っていたことから、約40万年前の東アジアで両者が交配し、ホモ・エレクトスが持っていたAMBN-M273V変異がデニソワ人へと渡ったと推測している。

 デニソワ人はその後、現代人の祖先とも交配したことがDNA解析で明らかになっている。

 交配の連鎖を経て、北京原人を含むホモ・エレクトスが持っていた遺伝子変異は、フィリピン、パプアニューギニアをはじめとする東南アジアやオセアニアの人々に受け継がれており、フィリピン人では21%に上る。

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人類の進化は複雑に絡み合っている

 今回の研究は、絶滅した人類が現代人のゲノムに痕跡を残していたことを、分子レベルで初めて証明したものだ。

 アフリカ以外の現代人はネアンデルタール人のDNAを約2%受け継ぎ、パプア人やアボリジニのオーストラリア人はさらに2~5%のデニソワ人由来の遺伝子を持つ。

 西アフリカの人々のゲノムには、まだ正体が特定されていない古代人類の痕跡も見つかっている。

 ゲノム解析が進むにつれ、複数の人類系統が互いに交配し、遺伝子を交換し合っていた実態が明らかになってきている。

 人類の進化はよく一本の木にたとえられる。

 幹から枝がきれいに分かれていくイメージだが、実態はいくつもの流れが合流と分岐を繰り返す川に近い。

 フローレス島に生きた小型人類ホモ・フローレシエンシスや、フィリピンに生息したホモ・ルゾネンシスなど、まだ古代タンパク質の分析が行われていない人類系統も多く残っている。

 今回実証された手法をこれらに応用すれば、さらに多くの系統が現代人のゲノムに何かを残していたかどうかも、明らかになる可能性がある。

まとめ

この研究でわかったこと

  • 北京原人を含むホモ・エレクトスがデニソワ人と交配し、遺伝子変異を受け渡していたことがわかった
  • ホモ・エレクトスからデニソワ人へと渡った遺伝子変異は、フィリピン、パプアニューギニアをはじめとする東南アジアやオセアニアの人々に受け継がれている

まだわかっていないこと

  • 受け継がれた遺伝子変異が現代人の体にどんな影響を与えているかはまだわかっていない
  • フローレス島のホモ・フローレシエンシスやフィリピンのホモ・ルゾネンシスなど、他の絶滅人類の遺伝子が現代人に受け継がれているかどうかもまだ調べられていない

References: DOI:10.1038/s41586-026-10478-8[https://www.nature.com/articles/s41586-026-10478-8] / Ancient tooth proteins suggest Homo erectus may have left a genetic legacy in people today[https://theconversation.com/ancient-tooth-proteins-suggest-homo-erectus-may-have-left-a-genetic-legacy-in-people-today-282785]

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