PHOTOGRAPHY BY 加藤アラタ、三浦一喜
TEXT BY 北野 創
水瀬いのりが特別なステージ演出と共に描き出す多彩な“アート”の世界
今年9月にリリースされたばかりのニューシングル「スクラップアート」と同じタイトルを冠した今回のツアー。撮りおろしのツアービジュアルでは、全身黒のストリートファッションに身を包んだ水瀬が山積みのスクラップ(ゴミくず)の上に座っている、いつになくクールなスタイリングを披露していたことから、ライブでも新しい一面を見せてくれるであろうことは予想していたが、オープニングの時点から、その期待を大きく上回る衝撃が待っていた。幕開けを飾ったのは、ノイジーなSEやハードコアテクノ~ドラムンベース的なサウンドに彩られたオープニングムービー。深めのフードを被った水瀬と思しき人物が、スクラップで作られた猫を追いかけて外に飛び出し、光と闇が交錯する夜の都会の街並みを見渡す。
そしてその映像から抜け出してきたかのように同じ格好をした水瀬が、全高3メートル以上はありそうな移動式ステージの上に乗って登場。夜の街並みを映したスクリーンをバックに「スクラップアート」を披露する。
そんな夜の街並みに陽が昇り、朝もやに光が差すなか、爽快なロックチューン「identity」へ。メインステージに降り立った水瀬は“誰より私は私なんだ”“正解じゃなくても私なんだ”と、自分自身を指さして自らのアイデンティティを誇示するように、力強くメッセージを届ける。続いては聴く者に勇気を与えてくれる歌「brave climber」。光沢質の黒いフード付きジャンパーに赤色のエクステを合わせたクールな出で立ちの水瀬は、バンドの演奏に合わせて心から楽しそうに体を揺らしながら、心を奮い立たせるようなタフな歌声を響き渡らせる。
MCで、ツアータイトルの「スクラップアート」について、「廃材芸術=不用品からアートを作り出す」ということを日常生活に当てはめて考え、挫折や失敗の経験も輝きに再生できるのではないか、という意味を込めて名付けたことを説明。今回のセトリには、最新シングル「スクラップアート」とその前作のシングル「アイオライト」の収録曲を中心に、多種多様なタイプの楽曲が組み込まれていたが、それら1つ1つをアートに見立てて、それぞれの楽曲の世界観を見せる構成もまた、色々なものを組み合わせて1つの芸術作品に昇華するスクラップアートの発想に通じるものがある。
そしてライブは次のアートの時間へ。昂揚感溢れるイントロに導かれて始まったのは、田淵智也が提供した「僕らだけの鼓動」。水瀬はそのイントロの間に早着替えして、デニム地のセットアップ姿になり、ステージを下手や上手へと行き交いながらファンのことを見つめてしっかりと歌を届ける。続く「クリスタライズ」は、「スクラップアート」と同じ栁舘周平が手がけた煌びやかなフューチャーポップ。ブリッジ部分のカオティックな展開を含め、アリーナの大音響で味わうと一層きらめきが増して、まるで別次元に連れて行かれたような気分になる。
ここで通称“いのりバンド”と呼ばれるバックバンドのメンバー紹介へ。この日はドラムのフッフーさん(藤原佑介)、ベース&バンドマスターのミッチーさん(島本道太郎)、キーボードのオバちゃん(小畑貴裕)、ギターのイッフィーさん(伊平友樹)とジッジーさん(植田浩二)がサポート。みんな過去のライブにも参加しているお馴染みのメンバーだ。そしてフリルをたくさんあしらったかわいらしい衣装に着替えた水瀬が再登場すると、「アイマイモコ」を歌唱。締めの“いつか届くなら”の箇所で指ハートを作るなど、サービスも満点だ。さらに本ツアーでライブ初披露となる温かなミディアムバラード「運命の赤い糸」を届けて、アリーナに集った町民(水瀬のファンの呼称)たちとの心の距離を一気に詰める。
観客からの「かわいい!」の声にはまだ免疫ができていないとのことで、照れながらも「言っていただけるうちが花ですから」と水瀬らしい反応で喜びつつ、くるっと回って衣装をアピール。沸き立つオーディエンスに「落ち着いて」「(感想は)手紙とかで送ってください」と、やや塩っぽい対応で照れ隠しするところもまた彼女の魅力だ。「次の曲はリラックスしながら、ゆらりくらりと聴いていただければと思います」と告げて歌われたのは「くらりのうた」。水瀬本人が発案した公式キャラクター“くらりちゃん”を描いた、彼女作詞の楽曲だ。水の中をたゆたうような映像、水瀬の優しくドリーミーな歌声、くらりちゃんの形状をした公式グッズ“くらりライトチャーム”を手にしてゆらゆらと揺れるファンの光景、そのすべてが合わさって夢心地のような空間を作り上げる。
そんな楽曲に続いては、しっとりと力強いミディアムバラード「あの日の空へ」。水瀬のデビューシングル「夢のつぼみ」のカップリングに収録されている最初期のナンバーだが、実は自身の単独公演で披露するのは今回のツアーが初めて(“リスアニ!LIVE 2017”出演時にライブ歌唱したことはある)。淡い雪が降り注ぐような映像をバックに、デビューから8年の時を越えて想いを伝えるその歌声には、アーティストとしての成長と進化が確かに刻まれていた。
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“WWWシリーズ ”三部作、みんなと作り上げる「僕らは今」、この日だけのWアンコール
ここで水瀬が様々なアートに挑戦する幕間映像を挿み(ツアーの各公演ごとに違った映像が上映され、この日は絵画にチャレンジしていた)、ライブは後半戦に突入。その幕開けを飾ったのは「アイオライト」。ステージ前方に張られた紗幕に映像が投影され、紫をベースにした大人っぽい衣装に着替えた水瀬の動きとシンクロしながら、楽曲のダークかつダンサブルな世界観を視覚的にも再現する。そしてこちらも本ツアーでライブ初披露となるアグレッシブなロックナンバー「クータスタ」へ。2本のギターがソリッドに絡み合うポストロック的な曲調、明滅するライトが作り出す白と黒の世界が、アーティスト・水瀬いのりのクールでスタイリッシュな一面を浮かび上がらせる。そこから彼女の持ち曲の中でもとりわけ熱く壮大なシンフォニックロック「TRUST IN ETERNITY」に繋げ、オーディエンスは声を上げて熱狂する。これまでも彼女のライブの様々な局面で会場にすさまじい熱気を注いできた同楽曲だが、一体感という意味では過去一の盛り上がりを見せていたのではないだろうか。
そんな熱いブロックと、MCでのコール&レスポンス練習を経て(本来は「アリーナ→2F→3F→4F」と言うべきところを「アリーナ→1F」と2度連続で間違えるお茶目な一面も見られた)、心を奮い立たせるようなコーレスパートを備えた「約束のアステリズム」を披露。
そして本ツアーならではのファンタジックなアートを体感できたのが、次に披露された通称“WWWシリーズ ”のブロック。“WWWシリーズ ”とは、今回のツアータイトルにも採用された「スクラップアート」や「クリスタライズ」「パレオトピア」といった楽曲を水瀬に提供してきたクリエイター・栁舘周平による、頭文字が“W”のワードを3つ連ねたタイトル3楽曲のこと。各楽曲の歌詞の内容にも繋がりがあることから、ファンの間では“WWWシリーズ ”として親しまれている。今回はその3曲を連続でライブ歌唱するという初の試みだ。オルゴールのネジを巻くような音が聞こえてくると、スクリーンには絵本のようなイラストが映し出され、そこから童話の世界みたいな街並みと一緒に水瀬が飛び出してくる。花柄のワンピースに黒いネクタイと赤いジャケットを合わせた、可憐な格好に様変わりした水瀬は、その街並みをバックにまず「Well Wishing Word」を歌唱。メルヘンチックなサウンドと軽い振り付けと共に明るくも切ないお別れの歌を紡ぎ、また会える奇跡を願って笑顔で“バイバイ!”と伝える。
そしてライブ本編の最後の楽曲。水瀬はマイクスタンドを準備して、これから歌う楽曲のタイトルを告げる。その曲名は「僕らは今」。コロナ禍によって中止になってしまった2020年のツアー“Inori Minase LIVE TOUR 2020 We Are Now”のタイトルにも冠した、ライブ空間でみんなと一緒に歌うことで完成することを前提に作られた楽曲だ。その後、2021年や2022年のツアーで無事披露されることになったが、本来想定していたファンと声を出しあっての歌唱は今回のツアーが初。
会場からの盛大な“いのりコール”を受けてのアンコールは、煌びやかなポップチューン「Morning Prism」からスタート。水瀬はくらりちゃん型のフロートに乗って、アリーナを周遊しながら歌い、手でハートマークを作ったり、指鉄砲でハートを射抜くようなポーズをして、ファンとの交流を楽しむ。続けてディスコタッチの「ココロはMerry-Go-Round」も披露してハッピーなバイブスを振りまくと、同曲の後半でメインステージに戻ってファンにウェーブをうながしてさらに楽しい空間を作り上げる。その後のMCでこの日の公演の模様が11月25日からオンライン配信されることをアナウンスすると、最後の楽曲へ。水瀬がタオルを観客に持ってもらえるように呼びかけると、ファンは次に歌われるのは何かを察知する。水瀬のタオル曲と言えば、彼女のライブには欠かせない人気曲「Ready Steady Go!」だ。水瀬自身もグッズタオルを片手に「もっともっと回して!」とキュートに煽りながらギアを上げていき、会場のボルテージは最高潮へ。この日大きなコールを巻き起こした「約束のアステリズム」も「僕らは今」も超えるような一体感を生み出す。ラストは水瀬の「ありがとうの気持ちを込めてタオルを投げましょう!」という声に応えて、アリーナ中にタオルが舞うフィナーレとなった。
だが会場の熱狂は収まらない。「もう一回!」という大きなコールを受けてWアンコールが実現する。ステージに戻ってきた水瀬は、「しゃべっていると泣いちゃう……」と涙をグッとこらえながら、ファンやチームいのりへの感謝の気持ちを伝える。普段は弱音を吐いてばかりだという彼女が、気兼ねなく弱音を吐ける場所。それがファンを含むチームいのりと共にある、アーティスト活動という場所なのだという。「私は弱音ばかり吐いているんだけど、楽しい場所にしてくれたのは皆さんのおかげなので、最後にこの曲を歌いたいと思います」。そう語って彼女がこの日の最後に歌ったのは「Catch the Rainbow!」。彼女が初めて自分で作詞した、自分だけの個性や色を大切にしてほしい、というメッセージを込めたナンバーだ。晴れやかなサウンドに支えられながら、希望に満ち溢れた歌声を響き渡らせる水瀬。“今をありがとう きみに伝えよう”や“もっと もっと ずっと そばにいたいよ”といった言葉が、シンプルだからこそよりストレートに胸に飛び込んでくる。客席のペンライトも色とりどりに染まって、アリーナに広がるのは虹色の景色。最後は「本当に忘れられない素敵なツアーをありがとうござました。みんな大好きだよー!」と素直な気持ちを伝えて、自身最大規模となるツアーを大団円で締め括った。
『Inori Minase LIVE TOUR 2023 SCRAP ART』
2023.10.29 ぴあアリーナMM公演
<セットリスト>
-OPENING MOVIE-
M1 スクラップアート
M2 identity
M3 brave climber
-MC-
M4 僕らだけの鼓動
M5 クリスタライズ
-バンドメンバー紹介-
M6 アイマイモコ
M7 運命の赤い糸
-MC-
M8 くらりのうた
M9 あの日の空へ
-BRIDGE MOVIE-
M10 アイオライト
M11 クータスタ
M12 TRUST IN ETERNITY
-MC-
M13 約束のアステリズム
M14 Million Futures
M15 Well Wishing Word
M16 While We Walk
M17 Winter Wonder Wader
-MC-
M18 僕らは今
アンコール
EN1 Morning Prism
EN2 ココロはMerry-Go-Round
-MC-
EN3 Ready Steady Go!
Wアンコール
EN4 Catch the Rainbow!
関連リンク
水瀬いのりオフィシャルサイト
https://www.inoriminase.com/
水瀬いのりオフィシャルX(旧Twitter)
https://twitter.com/inoriminase
水瀬いのりオフィシャルYouTube
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