NHKの連続テレビ小説『あさが来た』が好調だ。前作『まれ』が酷評の嵐だったため「朝ドラの快進撃もここまでか」と憂う声も大きかったが、スタート時から着実に数字を上げ、先週の平均視聴率は『まれ』が達成できなかった22%台に登り詰めた。
人気を博した大河ドラマ『篤姫』での利発な役柄とは一転、姑の萬田久子にいびられる嫁を演じているが、「いびられるあおいが健気すぎる」「宮崎あおいちゃんの笑顔でさらに涙腺崩壊だよ!!」と、嫁いじめに堪え忍ぶ宮崎の姿から目が離せない視聴者が続出。今週はついに嫁ぎ先が倒産し夜逃げ、はつは貧民窟で極貧生活を強いられるという展開で、ほとんど宮崎が"ヒロイン"化してしまっている。
また、宮崎への注目度は出版業界にも波及。じつは先週、『あさイチ』(NHK)のプレミアムトークに登場し、そこで宮崎はやなせたかしの詩「えらくなっちゃいけない」を紹介。すると、この詩が収録された詩集『あれはだれの歌 やなせたかし 詩とメルヘンの世界』(瑞雲舎)に注文が殺到、現在は増刷中だという。
〈名もないひとのその中で/名もないひとでくらしたい/みんなだれでもえらくない/えらくなっちゃいけない/みっともない〉──『アンパンマン』に象徴的なように、自身の戦争体験から平和を訴えてきたやなせらしい思想が滲み出る詩だが、じつは、いまから9年前にも、宮崎はある本を紹介し、このように発言していた。
「いま、憲法を改正する議論が起こっているけれど、私は戦争をしたくはないから、この憲法を変えることに反対」
「でも、そのために私には何ができるんだろう?って考えるようになったんです。まさか国会に乗り込んでいくわけにもいかないし(笑)、結局何もできないまま『嫌だ、嫌だ』と思っているだけなのかな?って。でも、この本を読んで、こういう本が存在することが嬉しくて。私がどうしたらいいのかわからなかったことが、きちんと書いてあったんです」(「ダ・ヴィンチ」2006年11月号インタビューより)
このとき宮崎が紹介した本とは、『この国が好き』(マガジンハウス)という絵本。著者は、医師であり、ベストセラー『がんばらない』などの著書で知られる鎌田實氏で、まだ幼い孫を抱きながら〈大切な君の命を戦争でうばわれたくない。
〈ぼくは 戦争をしないと誓った この国が大好きです。
戦争をしないと誓ったのは この国の憲法です。
すごいことを誓っているのです。〉
この本を宮崎が紹介した当時は憲法改正の動きが活発で、04年に自民党は「憲法改正草案大綱」を発表。「日本は戦争する国に戻るのか」という声があがっていた。そうした不穏な空気に向かって、宮崎はきっぱりと「この憲法を変えることに反対」とはっきり口にしたのだ。
しかも本書には、安倍政権の近い未来を予見するかのような言葉がずらりと並んでいる。
〈コイツをかえる。普通の国になるだけという人がいます。
でも......
世界がたちまち緊張する。軍隊の増強合戦がはじまる。
貧困から脱出しはじめたアジアの国たちが、
子どもたちの医療や教育のためよりも軍隊のために、
ますますお金を使うようになる。
だからコイツを守っておきたいのです。だからかえたくないのです。
この不自由さがいいのです。〉
〈一回だけといって、コイツをかえる。やんわりとかえる。
うまいんだなあ、政治家は。
一回でもかえてしまえばしめたもの。
そのあとはつぎつぎにかえて、君が大人になるころ
この国は普通の国になって、徴兵制がしかれている。〉
また、本書の後半には、鎌田氏とドイツ語翻訳家の池田香代子氏、元放送作家の永六輔氏との鼎談も収録されているのだが、このなかで永氏は、いま振り返るととても重要な話をしている。それは「99条を守ることが憲法を守ることなんだって気がついた」という指摘だ。99条は《天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ》というもの。
いまはその指摘通り、安倍政権はこの99条を見事に破って憲法を尊重し擁護するという義務を放棄し、違憲だという指摘が憲法学者から相次いだ安保法制を数の論理で押し通した。改憲の動きに慎重な姿勢を見せる天皇は安倍政権と対立状態にあるが、天皇はこの99条を守っているだけだ。
政治家の暴走を許してはいけない。憲法は変えてはいけない。なぜなら、戦争をしないと誓ったこの国が好きだから──。約10年前の本とはいえ、いまこそ読まれるべきともいえる同書を読者に薦めていた宮崎の先見を評価したいが、このインタビューで宮崎はこうも述べている。
「いつか自分が親になったときに、自分の子どもや愛する人が兵隊として戦わなくちゃいけなくなったら、どうやってでも引き留めたい。『お国のために死ねるのは幸せなこと』なんて私は言えないと思うんです」
このように宮崎が戦争について深く考えるようになったきっかけは、映画『イノセント・ボイス──12歳の戦場』でナレーションを担当したことにあったという。
『イノセント・ボイス──12歳の戦場』は、俳優のオスカー・トレス氏が幼少期の戦争体験をもとに脚本を執筆した映画である。
たった12歳の少年が兵士となり、死と隣り合わせで戦うことを強制される──。だが、これは過去の物語ではない。「知っていますか? 現在でも世界で30万人以上の子どもが戦場へ送られていることを」。宮崎は本作のナレーションでそう訴える。
そのオスカー氏と雑誌で対談した宮崎は、中国で"物乞いの姉妹"に出会った体験から「いろんな物事を"自分とは関係ない"という考えから変えてくれた」と語り、「ひとりで世界を変えられるなんて思えない」けれど、自分ができることを小さくてもやっていきたい、と話している。その言葉を受けてオスカー氏は「そうだよね」と相づちを打ちつつも、「だけど、もしかしたらひとりの力で世界は変わるかもしれないよ」と言う。
「これは悪い例だけど、ヒトラーの号令ひとつで何百万という人々が殺され、それを実行した人々がいたわけだから、その逆の可能性もあると信じています。あるひとりがはじめたポジティブな活動が、大きな輪になって広がっていくかもしれない。実際、日本は敗戦後、平和憲法を作ったけど、その影響は日本人が考えているよりずっと大きなものだと思います」
宮崎はこの対談のあと、オスカー氏の話に触発されて日本の平和憲法について興味を持ち、『この国が好き』を手にしたのだという。
「まずは知らなくちゃ何も始まらないと思いました。知って、そこから自分が何ができるかを考えなくちゃ」(前出「ダ・ヴィンチ」より)
世界の貧困や戦争の実情を「他人事」とせず、自分をつなげてきちんと考える。
いささか残念なのは、宮崎が最近はこのときのように政治的発言を行っていない点だ。だが、それも無理はない。前夫・高岡奏輔は嫌韓発言が引き金となり芸能界を干され、それは宮崎の仕事にも影響を与えた。しかも、離婚後には岡田准一との不倫疑惑が噴出し、今年もふたりの熱愛が報じられている。NHKの朝ドラ出演もあり、いま、彼女が20歳のときのように改憲反対を語れば、ネット上では不倫スキャンダルを絡めた壮絶なバッシングが待っているだろう。政治的な発言に躊躇する、その気持ちはわからなくもない。
でも、きっと宮崎は9年経ったいまでも、20歳のときの気持ちを失っていないはずだ。いつかまた宮崎には、「私は戦争をしたくはないから、この憲法を変えることに反対」「『お国のために死ねるのは幸せなこと』なんて私は言えない」と、その強いメッセージを発してほしいと思う。
(大方 草)