日本スケート連盟HPより


 今年のフィギュアスケート世界選手権、優勝は確実かと思われていた羽生結弦選手だったが、4月1日のフリーではミスを連発し、惜しくも2位に終わった。

 しかし、今回、彼の結果以上に話題になったのが、ショートプログラムが行われた3月31日の公式練習でのできごと。

羽生選手がSPで使用する「バラード第1番」を流しながら滑走している最中に、カザフスタンのデニス・テン選手と羽生選手が接触しかけるアクシデントが起こったのだ。その際、羽生選手が「それはねえだろ、お前!」と声を荒げたり、「あれはたぶん故意だと思う」と発言したため、日本ではテン選手に対する非難が殺到。

 しかも、「さすが韓国人の血!」「朝鮮民族が絡むとろくなことがない」「またトンスル人の嫌がらせか!」「韓国系には関わるな」「粘着気質は半島ゆずり」「嘘つき民族」「キム・ヨナの母親の事務所に所属しているから」「サムスンがスポンサーだから」といったヘイトそのもののことを書き込んだり、テン選手のSNSに直接、差別的なコメントや誹謗中傷のメールを送りつけるものまで現れた。

スポーツの世界にヘイトを持ち込むなど呆れるばかりだが、しかし、ネットを見ていると、どうも今、ネトウヨはこの世界一のフィギュア選手を自分たちのアイコンに担ぎ上げようとしているようだ。

 いや、ネットの世界だけでない。実は、羽生選手には、リアルな極右勢力も接近している。


「羽生さんは、例の日本会議に協力させられています。イベントにも参加したり、機関紙にも登場したりしている」(フィギュアスケート関係者)

 日本会議といえば、当サイトで何度も取り上げているように、改憲や家父長制の復権、人権の制限などを掲げ、日本を戦前の体制に戻すことを企図しているカルト極右団体。そんな団体に羽生選手がかかわっているとは信じがたいが、たしかに、調べてみると、羽生選手は日本会議のイベントに参加していた。

 それが2012年3月4日に開催された「東日本大震災復興祈念の集い」。このイベント、タイトルだけだと震災被災者を支援する集いに見えるが(事実、同名で別の支援イベントも開かれている)、実体は日本会議が仕切る極右思想の啓蒙イベントだった。



 実際、その模様が日本会議の機関誌「日本の息吹」12年4月号に収録されている。
このイベントは、復古教育を推し進める日本会議の別働隊・民間教育臨調の会長を務めた西澤潤一・元東北大学総長が実行委員長を務め、開会の辞では、「日本人としての誇り」「うるわしい郷土の再建」「絆」こそが復興の原動力となると強調。

 そして、記念講演は、震災の被災者に対して「支援に頼らず自分たちでなんとかしろ」という持論を主張し続けているトンデモ極右作家の曽野綾子が行ったのだが、曽野はこの日の講演でも、被災者を前に〈大東亜戦争の終戦直後を例にとり〉、当時の政府が何一つ支援しない中、国民は何にも頼らずにひたすら復興をしてきたとして、〈今の日本には国はやるが、自分もやるという精神が薄れている〉などと説教を述べたという。

 そして、当然のように日本会議の三好達会長(当時)や、日本会議国会議員懇談会会長の平沼赳夫・元経産相らが登壇。三好会長は、「この不幸な災害の中で、日本人、特に主な被災地となった東北地方の方々がその深い絆と高い道徳心を世界に示し、世界の賞賛の的となっていることは我が国の誇りであり、我が国の将来への光明を示すものではあります」と、被災者や被災地に駆けつけたボランティアのなかに外国人もいたことを無視して、強引に「我が国の誇り」に回収。さらに、集会の最後には〈参加者全員でうるわしい国土をとりもどす決意を込め「ふるさと」を合唱〉したという。

 ところが、こんなイベントに、羽生選手は被災地代表として登壇し、「今は一人ひとりが自分の出来ることを精一杯取り組み、誇りを持って前に進み、感謝の気持ちを忘れずに生きていく時だと思います」と挨拶したのだ。


「この集会に羽生選手が参加したのは、羽生選手の有力な後援者が日本会議のメンバーで、そのルートからアプローチされたと聞きました」(前出・フィギュアスケート関係者)

 もちろん、羽生選手自身は、純粋に被災地の復興支援だと思って参加しただけで、日本会議の実体を知らなかったのかもしれないが、しかしその後も、日本会議はことあるごとに羽生選手にアプローチをしかけているとの情報もある。

 実際、極右勢力の側は羽生選手及び昨今の羽生フィーバーを勢威拡大につなげようと躍起だ。たとえば、日本会議埼玉・草加支部のブログでは、14年のソチ五輪で金メダルを獲得した羽生選手が「日本人として誇りに思う」と発言したニュースを紹介。日本会議地方議員連盟のブログでも、中国のハン・ヤン選手と衝突し流血したニュース記事を転載するなどしている。こうした動きから、最終的に羽生選手を日本会議の広告塔にしようという意図がありありとうかがえる。



 そう考えると、気になるのが羽生選手のインタビューなどでの発言だ。
彼はフィギュアスケートの選手にしては珍しく、「日本」や「国」をことさらに意識した発言をすることが多い。

 ソチ五輪で金メダルをとった際、表彰式で「君が代が流れて日本代表として誇らしい気持ちになった。日本の人たちと一緒に喜びを分かち合いたい」とコメント。「日本の国旗に"ありがとうございました"ということを伝えました」「日本人らしい人間になれるように、これからも日々努力していきたいと思う」と発言したこともある。

 とくに、今シーズンは、プログラムが陰陽師をモチーフにした「SEIMEI」だったこともあってか"和"に対するこだわりを各所で語っている。

たとえば、昨年6月21日に放送されたシーズンの幕開けともなる日本代表エキシビション『Dream on ICE 2015』(フジテレビ)でのインタビューでのコメントは、こういうものだった。


「日本人らしさというかそういうものをすごく大事にしようとしているんですね。生活の中でもそうですし、そのまぁ今海外を拠点に練習もしていますけれども、その日本人らしさ、日本人としての誇りみたいなものをすごく大事に生きているつもりなので」
「日本人としての羽生結弦とスケーターとしての羽生結弦がうまく融合したようなプログラムになれば、それがまたオリジナリティじゃないけれども『SEIMEI』というその作品がうまく機能するんじゃないかなというか。そのジャンプだけじゃなくて、その曲が持つ、または自分の持つ疾走感であったり、そういう日本らしさを出せればなと思います」

 プログラムで"和"を強調し、日本人の誇りを口にすること自体を批判するつもりはないが、フィギュアはコーチや振付師、チームメイトなど、様々な国籍のアスリートやスタッフで支え合っている競技。選手同士も幼いころから国際試合の経験を通じて、国籍や競技の勝敗を超えて友情を育んでいる。羽生自身もカナダ人であるコーチのブライアン・オーサー氏に師事し、カナダ人の振付師、衣装はアメリカ人のデザイナー、チームメイトもスペイン人、ベトナム人の両親のもとに生まれたカナダ人、韓国人など、実に様々な人たちに支えられている。ファンも、熱心な人ほど国籍関係なく応援する人が多い。


 羽生選手には、国際感覚の欠如した極端なナショナリズムを煽る極右団体に利用されて、おかしな方向に走ることのないよう、注意を呼びかけたい。
(宮島みつや)