「夢の国」ディズニーランドで、そのイメージに似つかわしくない「ブラック」なバイト労働の実態が明るみに出て、大きな話題になっている。そもそもの発端は、東京ディズニーリゾートを運営するオリエンタルランドから今年3月~4月に解雇された従業員(キャスト)が、オリエンタルランド・ユニオンを結成。オリエンタルランドに対し、以下のような問題を告発して労働環境の改善を要望したことだった。
・着ぐるみの中は猛暑対策をされておらず、真夏となれば熱中症で倒れるキャストも。このため、入場客(ゲスト)から見えないバックステージでは、熱中症で倒れる着ぐるみも続々。
・ショーやパレードは天候や当日の入園者数などによって演出が変更される。もし当日に出番がなければ時給は発生しない。当日になって「今日はゲストが少ないから帰って」「今日は2時間でいいよ」なんて言われる。実際の労働時間はかなり削られてしまうため、低賃金になってしまう。
・直接雇用ではない人も多く、その場合、仮にけがをしても労災が下りない。万が一のことがあっても、治療費は全額自己負担。社会保険にも加入できない。
キャストをモノとしてしか見ていないひどい労働条件が次々明るみにでたわけだが、しかし、東京ディズニーリゾートといえば、キャスト(従業員)の9割が準社員(アルバイトやパートなど)だが、準社員だけでもオペレーションがうまくいくという人材教育メソッドに定評があったのではなかったか。
実際、その人材教育メソッドは書籍にもなっており、中でも、2010年に出版された『9割がバイトでも最高のスタッフに育つディズニーの教え方』(中経出版)、続編の『9割がバイトでも最高の感動が生まれるディズニーのホスピタリティ』(2011年)、第3弾の『9割がバイトでも最高の成果を生み出すディズニーのリーダー』(2013年)という、『9割がバイト』シリーズ3部作は累計100万部を超えるベストセラーとなった。
この3部作の著者・福島文二郎氏はオリエンタルランド第1期の正社員組でその後、社員教育畑を歩んできた人物だ。同書によると、その人材教育メソッドは「すべては『ディズニーランド』という『ショー』である」というディズニーの思想をベースにしており、出演者であるキャストは、「すべてのゲストにハピネスを提供する」というディズニーミッションと「すべてのゲストはVIPである」というホスピタリティ・マインドが求められているのだという。
しかし、「ディズニーランドのバイトはブラック」という視点で『9割がバイト』3部作を読み直すと、それこそキャストを会社に都合よく働かせるブラックな教育メソッドがみえてくる。『9割がバイト』3部作から、3つの典型的なブラックエピソードを紹介してみよう。
■ブラックディズニーその1 ホスピタリティ・マインドがブラックの隠れみのに!?■
(『9割がバイトでも最高のスタッフに育つディズニーの教え方』より)
ディズニーのホスピタリティ・マインドとは、キャスト一人ひとりが「ゲストに楽しんでいただきたい、幸せになっていただきたい」と思い、さらに主体的な行動をプラスすること。困っているゲストを見れば、キャストのほうから「何か、お困りですか」と一声かけるといった姿勢だ。
キャストのホスピタリティ・マインドが奇跡を起こしたケースとして著者の福島氏はこんなエピソードを語る。
「ある日、ホーンテッドマンションに来られた女性ゲストが『館内でコンタクトレンズを落とした』とキャストに告げられたのです。(中略)『閉園後に探してみて、結果は、後日お知らせします』ということで女性の了解を得ました」
閉園後、そのことをキャストに話すと「一緒に探しましょう」と20人くらいのキャストが残り、みんなでコンタクトレンズを捜すことに。しかし、1時間後、夜の清掃担当者への引継ぎの時間になっても見つからない。福島氏があきらめようとすると、あるキャストが「もう一度探しましょうよ」と言い出し、清掃担当者も含めた夜の大捜索が始まり、その結果、なんとコンタクトレンズが発見されたのだという。福島氏はこの経験についてこう書いている。
「1人のゲストのことを思いやって自ら進んで協力を申し出、力を合わせたキャストのあったかいハートが奇跡を起こしました」
「私の職場のキャストだけでなく、ほかの職場のキャストまで手伝ってくれる。私は『すごい(素晴らしい)ところで、自分は仕事をしてるんだな』と感激させられてしまいました」。
いやいや。ちょっと冷静になっていただきたい。これは人命救助とかとかじゃなくてただのコンタクトレンズ探しである。どう考えても深夜11時過ぎにアルバイトたちを大量動員して(当然、自由意志での行動だから時給を払わず)、みんなで取り組み、感動をわかちあうようなものじゃないだろう。
だが、問題はなぜ、キャストたちが率先して、コンタクトレンズを探そうとしたか、だ。ホスピタリティ・マインドは会社内、職場内にもあることが望ましいとされるために、ディズニーのキャスト内では一体感、結束力を重視し、同調圧力が高くなっている。キャスト一人の提案に対して断りにくいどころか、過剰にエスカレートしかねないのだ。
そう考えると、ディズニーは「やりがい搾取」の典型といえるだろう。「やりがい搾取」とは、いろいろな仕掛けでやりがいを錯覚させることで従業員を低賃金で働かせ、搾取するというもの。『軋む社会 教育・仕事・若者の現在』(本田由紀/双風舎 2008年)によると、その仕掛けには「趣味性」「ゲーム性」「奉仕性」「サークル性、カルト性」といった要素があるのだが、今回のケースは「奉仕性」にあたる。「顧客を思いやる心」や「顧客と誠実に関わろうとする姿勢」が良質なサービスの提供に欠かせないと重視する企業風土では、従業員の精力や時間の大半を費やしてしまいかねないのだ。
■ブラックディズニーその2 正社員も逃げ出したブラックな労働現場の歴史とは■
(『9割がバイトでも最高の成果を生み出すディズニーのリーダー』より)
現在は『9割がバイト』だが、実はディズニーランドも最初はオペレーションの中心は、アルバイトではなく正社員だったのだという。
福島氏がディズニーランドオープン以降、最初に所属したのは探検アトラクションのジャングルクルーズだ。「当時、ジャングルクルーズの現場は44人の正社員と『ワーキングリード』と呼ばれる現場責任者によって構成されていました」。しかし、多くのキャストが次々と辞めていったのだ。
「大きな負債を抱えてのスタートで給料が抑えられていたこと、加えて、まだ『テーマパーク』という考え方が一般に普及・浸透しておらず、大規模な遊園地のようにとらえられがちで、キャストが将来に不安を感じたこともあるのでしょう。オンステージ、バックステージを問わず、多くの正社員が退職していきました。当時、辞めた正社員を補充する目的も兼ねて採用された正社員が年間500~700人もいました。いかに多くの正社員が辞めていったかおわかりいただけるでしょう」
辞めた正社員の穴をアルバイトが埋めざるをえなくなった。これが正社員が行なっていた仕事をアルバイトに移行させるきっかけになったのだとういう。
「たとえば、当時『ビッグ5』と呼ばれていたスペース・マウンテン、イッツ・ア・スモールワールド、ホーンテッドマンション、ジャングルクルーズ、カリブの海賊の5つのアトラクションは、正社員がすべてを担当していましたが、そのほとんどの仕事をアルバイトに切り替えていくのです(略)この試練はメリットももたらしました。より合理的なトレーニング方法の開発や新人アルバイトの教育を先輩アルバイトが担当するトレーナー制度の設置など、トレーニングシステムの改善・整備につながり、(略)教育メソッドへ進化していきました」
つまり、正社員が「耐えられない」と逃げ出したキャストという役割を使い捨てのアルバイトに押し付けているというのが現実なのだ。
■ブラックディズニーその3 残業を断れないブラックバイトをつくりだす構造とは■
(『9割がバイトでも最高の成果を生み出すディズニーのリーダー』より)
福島氏がキャスト時代に正社員大量採用時代から、アルバイト中心にシフトしたものの、アルバイト不足という問題に悩まされたという。
とくにジャングルクルーズやカヌー探検といったアトラクションは「(上下関係が厳しいなど)精神的にも肉体的にも重労働ということもあり、ほんとうに人が集まりませんでした。そのため、アルバイトに残業を依頼せざるを得ないこともたびたびありました。彼らに残業を頼むのはほんとうにつらいことでしたし、断られても仕方がありませんでした。しかし、幸いにも、多くの場合、アルバイトたちは残業に応じてくれました。そのおかげで、危機を乗り切ることができたのです」
著者は「なぜ自分の都合や予定もあるはずの彼らが東京ディズニーランドの危機を乗り越えるために、自ら"犠牲"になることを惜しまず、心を一にして頑張ってくれたのでしょうか」と書く。
それって、単に上下関係が厳しくて断りきれなかったのではないか!?と思うのだが、福島氏は「現場のリーダーとアルバイト・一般正社員との間に信頼関係が育まれていたからです」と解説する。この本に限らず、ディズニー本に通底しているのは、ディズニーでは自己犠牲こそが美徳になっているということだ(時給で働くアルバイトにもかかわらずだ)。
アルバイトにまで自己犠牲を要求し礼賛する精神。まさに、断りきれないアルバイトにつけこむ現在、社会問題化している「ブラックバイト」問題ではないか。
ブラックな教育メソッド満載の『9割がバイト』3部作は、ブラック企業が横行する現代だからこそ、ベストセラーになったのかもしれない!?
(松井克明)
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