東京女子医科大学労働組合HPより


 東京都を中心に新型コロナの新規感染者数が増加するなか、ネット上ではある医療機関の対応に注目が集まっている。東京女子医大で夏のボーナス(夏季一時金)を支給しないと労組に回答し、看護師約400人が退職を希望していると言われている問題だ。

 400人という数は全職員の2割を超えるとんでもない数字だ。しかし、東京女子医大組合連合が発行する「組合だより」(2020/6/29)によると、それでも病院側には危機感はなく「深刻だとは思うが、足りなければ補充するしかない」「今後の患者数の推移を見ながら、足りなければ補充すれば良いこと」「このままの財政状況が続けば、冬の賞与も出せない」と回答しているという。

 この「足りなければ補充すればいい」という東京女子医大側の言い草に対し、SNS上では〈しょせん看護師は金で雇えば良いと思ってる ディスポ(使い捨て)みたいな扱いだよ〉〈コロナで普段よりも忙しいうえに、院内感染が起れば世間から袋叩き そのうえ、ボーナスカットって言われたら、続ける方が難しい〉と批判が巻き起こっているのだ。

 さらに、新型コロナに対応してきた看護師がボーナスカットされるという事態に対しては、政府の責任を問う声もあがり、多くの賛同が寄せられている。

〈逮捕された国会議員にボーナスが支給されて、コロナで頑張った看護師さんのボーナスが全額カットされるってどういうことですか?〉
〈バカげたGoToキャンペーンに出す1.7兆円があったら、医療機関に回せ。〉

 東京女子医大の場合は大学当局側の対応にも問題があるが、しかし、医療機関が経営的に切迫しているという問題は東京女子医大にかぎったものではない。

新型コロナの患者を受け入れた病院も、そうではない病院も、いま多くの医療機関が深刻な経営悪化の状態に追い込まれているからだ。

 というのも、新型コロナの拡大を受けて感染を恐れて外来・入院患者が減った上、病院にとって大きな収入源となっている手術も減少。実際、日本病院会と全日本病院協会、日本医療法人協会が6月5日に発表した「新型コロナウイルス感染拡大による病院経営状況緊急調査(追加報告)」によると、今年4月のコロナ患者を受け入れた病院の医業利益の赤字割合は78.2%、受け入れなしの病院で62.3%、一時閉鎖した病院では79.4%にものぼっている。

 このような赤字がつづけば、ボーナスカットはもちろんのこと、廃業に追い込まれる病院が出てくることは必至。政府はコロナ患者受け入れに対して診療報酬を増やしたり、確保した空き病床の補償などをおこなっているが、コロナ患者を受け入れていない病院も打撃を受けている上、現状の支援策だけでは足りないという声が医療現場からもあがっている。たとえば、東京女子医大の問題を取り上げた『羽鳥慎一モーニングショー』(テレビ朝日)でも、岡田晴恵・白鴎大学教授は医療機関の現状に対し、「赤字の損失補填を4月にさかのぼってやらないと、国民の病床を確保できないというふうに私は思います。

現場の声もそうでございます」とコメントしていた。

 一方、西村康稔・コロナ担当相は現在の感染拡大に対して「数字が基準以上に増えたとしても、医療体制に余裕があれば心配ない」(神戸新聞8日付)などと述べて緊急事態宣言の再指定は必要ないという姿勢をとっているが、このままでは経営悪化によってその医療体制が崩れかねないのだ。

 しかし、この東京女子医大の問題をはじめ医療機関が経営的に切迫している問題をぶつけられても、政府はいまだに対応をとろうとはしていない。

 実際、東京女子医大の問題がSNS上で注目を集めるようになったきっかけは、7月2日におこなわれた参院厚労委員会での共産党・小池晃参院議員の質疑だった。このなかで小池議員は「コロナ感染症対策の先頭に立っている病院が、いま危機に瀕しています」として東京女子医大の問題を取り上げ、その上で新型コロナ患者を受け入れた病院のみならず受け入れていない病院も深刻な経営悪化が見られるとして支援が重要だと指摘。さらに、医療機関の医業利益率は4月よりも5月のほうが悪化しているとし、「7月下旬に振り込まれる診療報酬が6月よりもさらに減額となれば、これは資金ショートの危機に直面する。

こういう状況に対する対策は用意されているか?」と加藤勝信厚労相を問いただした。

 だが、加藤厚労相は「資金ショートにならないように当面の資金繰りをおこなうため、二次補正予算においては貸付限度額の引き上げ、あるいは無利子・無担保枠の引き上げをおこない、貸付原資として1兆2700億円を確保しており、しっかり融資がおこなわれるようにする」などと答弁。ようするに、“融資でしのげばいい”と述べたのである。

 言うまでもなく、新型コロナ対応の要のひとつは医療体制の拡充だ。にもかかわらず、医療現場はいままさに要の医療を支えるスタッフに対するボーナスカットというあまりに非情な状況にまで追い込まれ、資金ショートによる廃業が懸念されているというのに、「融資を活用しろ」とは……。これで第二波、第三波に備えた盤石な医療体制など築けるわけがない。

 当然、こんな答弁で納得できるはずもないが、ここで小池議員はある提案をおこなった。それは、自民党の新型コロナ対策医療系議員団本部による「第2次補正予算試算案」を実行しよう、ということだった。この試算案において、新型コロナ対策に伴う医療提供体制等への補正予算額として示されているのは、計7兆5213億円だ。

 まず、小池議員は「これはね、なかなかいいことが書いてあるんですよ」と言い、「コロナウイルス患者を受け入れていない医療機関においても減収している。このような背景を踏まえて減収補償、休業補償をおこなう。すべての医療機関の減収を3割と仮定して、そのうち8割を補償する。

期間は3月から8月の6カ月」というこの自民党医療系議員団本部の案を紹介。「診療報酬でやるというのは、ちょっと、このあと患者負担も増えますから」と留保をつけた上で、「これは二次補正の予備費の出番じゃないですか」「これやらなきゃ。医療の『持続化給付金』が必要なんですよ」と提言した。

 すると、委員会室には「そうだ、そうだ」という声があがり、すかさず小池議員は「『そうだそうだ』って、自民党(からも声が出た)。だいたいこれ、自民党の提案ですからね!? 自民党の医系議員が言ってて、共産党の私がこれがいいって言ってるんだから、何も怖いものないじゃないですか!」と畳み掛けたのだ。

 しかし、この「怖いものなし」の提案に対しても、加藤厚労相は医療機関への追加対策について、何ら前向きな姿勢は示さなかったのである。

 安倍政権は10兆円という前代未聞の巨額予備費を計上して国会を閉会させた。本来ならば、この医療機関の経営悪化という問題も、国会を開いて継続的に審議されるべき問題だ。いや、現在の感染拡大状況についても、昨日起訴された河井夫妻の選挙買収問題も、予算委員会で集中審議がすぐにおこなわれるべき案件だ。にもかかわらず、安倍自民党の態度は、〈予算委については「総理はお疲れだから休ませてあげないと」(自民の国対関係者)と応じる気配はない〉(朝日新聞9日付)というのだから、開いた口が塞がらない。災害が起こりつづけるなかでも、安倍首相はしっかり毎日私邸へ帰宅しているのに、である。

 経営悪化によって医療従事者がボーナスをカットされ、このままでは病床確保も難しくなる懸念まで出てきているというのに、「総理はお疲れだから休ませてあげないと」などと寝言を言う安倍自民党……。こうした山積した問題を安倍首相が無視しつづけているうちに、4月や5月以上の医療崩壊が訪れる危険性はどんどん高まっていっているのである。