夏野剛氏Twitterより


 政府の諮問機関「規制改革推進会議」の新しい議長に、KADOKAWAやドワンゴ社長で慶應義塾大学大学院特別招聘教授である夏野剛氏が選任された。

 規制改革推進会議は安倍政権下で設置されたものだが、就任以来バカの一つ覚えのように「規制緩和」「規制改革」を連発してきた菅義偉首相にとっても、最重要課題のひとつ。

 夏野氏といえば、「ニコニコ動画」を擁するドワンゴやKADOKAWAというメディア企業のトップでありながら、安倍・菅政権を通じて政権擁護や批判封じに勤しんできた人物。そうした政権応援団活動が実ったのか、安倍政権下の2019年に規制改革推進会議のメンバー入りを果たしていたが、菅政権になってさらにその存在感を増したことになる。

 そして、この夏野氏の就任には一部で批判の声が高まっている。メディア企業のトップでありながら権力監視という役割を放棄する姿勢も大きな問題だが、それ以上に問題なのは夏野氏の発言と思想だろう。

 記憶に新しいのが、今年7月の東京五輪開催をめぐる発言。東京五輪が無観客になったことについて、こんな言葉を吐いたのだ。

「これは、今年、選挙があるからという理由だけだと思いますよ。さっきの宇佐見さんの言っているね、公平感……そんなクソなね、ピアノの発表会なんか、どうでもいいでしょう、五輪に比べれば。それを一緒にする、アホな国民感情に、やっぱり今年、選挙があるから乗らざるを得ないんですよ」

「だから、Jリーグだってプロ野球だって入れてるんだから。五輪を無観客にしなければいけないのは、やっぱり、あおりがあるし、選挙があるから……そこに対して国民感情を刺激するのは良くないという、ポリティカルな判断に尽きると思います」
(7月21日『ABEMA Prime』(ABEMA))

「アホな国民感情」「ピアノの発表会なんかどうでもいい」などという、一般市民を見下した特権意識丸出しの暴言には、当然ながら多くの批判が集まった。

 だいたい反対世論が危惧していたとおり、その後、五輪開催によって感染爆発と医療崩壊が引き起こされたことを考えれば、「アホ」なのは一体どちらなのかという話だ。

 東京五輪も、ピアノの発表会も、帰省も、それぞれの人にとっての大切さは比較のしようがないことは言うまでもないが、しかも夏野氏の場合、「4年間がんばってきた選手のため」とかですらない。

 五輪利権に食い込んでいた竹中平蔵・パソナグループ会長が開催強行・有観客を主張していたのと同じように、夏野氏も自分の利益のことを考えているだけだ。

 夏野氏は組織委参与をはじめ東京オリパラでいくつかの役職を担っているのに加え、代表取締役社長を務めるKADOKAWAはオフィシャルサポーターとなっており、公式ガイドブックやプログラム、競技図鑑などを出版している。

 こうした利権を死守したいのと、選挙のために五輪を強行したい菅政権の意向を汲むことでさらなる利権にありつこうと考えているだけ。ようするに、「自分のカネのために、アホな国民は黙っていろ」と言い放ったわけだ。

 当然ながら、この暴言には多くの批判が集まったため、夏野氏は謝罪に追い込まれたが、KADOKAWAの役員報酬を一部返納しただけ。しかも、謝罪ツイートでは「アホとかクソという言葉を使ったのは、番組の雰囲気に甘えた」などと番組の雰囲気のせいにしており、まったく反省などしていないのは明らかだった。

 夏野氏はドワンゴやKADOAWAの社長というだけでなく、五輪の組織委や政府の諮問会議など数々の公の仕事にも関わっているが、そうした人間がこんなことを言って、報酬を一部返納したくらいで済ますなど、あり得ない。ましてや、新しく議長に抜擢するとは。

 しかも、夏野氏がこの種の“特権階級”発言をしたのは、これが初めてのことではない。

 昨年8月に、当時の安倍首相について、コロナ下にもかかわらず無為無策で、国会も開かず、官邸滞在時間も少ないことを批判する声について、こんな暴言を口にしていたのである。

「仕事をしてるかしていないかを『一般ピープル』の目線で見るのは大間違いだと思ってて、そういう意味ではこの批判をしている奴は一回、選挙権を返上しろ、と言いたいですね」

「つまり、国の首相というのは、どこにいたって責任があるし、何があってもすぐに連絡がくるわけですよ。だから、ゴルフをしてたって、やっぱり怖いんですよ。

『何かあるんじゃないか』と。で、もし異国の戦闘機が領空侵犯したら、領空侵犯も重い場合だったらいつでも連絡がくるし、そういう意味では24時間365日仕事をしているわけで、病院に7時間いるあいだだって、何か緊急のことがあれば仕事しているわけですよ。だから一般人、庶民の感覚で、総理が仕事している・してないを語ってる、その庶民感覚は、僕は政治にはいらないと思っています。っていうか、いい加減にしろと言いたいですね」
(『ABEMA Prime』2020年8月19日放送)

 アベノマスク、補償や給付の混乱と遅れ、緊急事態宣言の基準をめぐる迷走など、ろくなコロナ対策もせず、国会すら開かない、官邸にも行かない安倍首相に批判が集まるのは当然なのに、「総理は24時間365日仕事をしている」などと持ち上げ、「『一般ピープル』の目線で見るのは大間違い」などと言い放ったのだ。

「首相が仕事をしているかどうかを“一般ピープル”の目線で見るのは大間違い」って、国民が総理大臣の仕事ぶりについて語り、批判することの、何が大間違いというのか。

 言わずもがな、この国は国民こそが主権者であり、総理大臣は国民全体の奉仕者、つまり公僕だ。

その総理大臣が行政をしっかり運営しているか、政策決定に民意を反映させているか、暴走していないか、監視をするのは当然だろう。夏野氏はこんな民主主義の基本すらわかっていないらしい。

 さらに、「批判をしている奴は選挙権を返上しろ」にいたっては、民主主義の完全否定としか言いようがない。これまた当然だが、政治に詳しくない人も、無関心な人も含め、すべての国民が等しく選挙権を有するというのは民主主義の最低限のルールだ。それを総理大臣の官邸滞在時間の少なさを問題にしただけで「選挙権を返上しろ」などという暴言を吐くのは、やはり根底に民主主義否定、独善的なエリート主義があるとしか思えない。

 夏野氏は、政権を批判する人たちに対して「一般ピープル」という小馬鹿にしたような言葉を使っていたが、昭和ぶりに聞くこの言葉にも、夏野氏の思想が現れている。

ようするに夏野氏は、首相や自分のような“特権階級のエリート”“選ばれし人間”だけで政治をやればいい、“一般ピープル”=愚民は黙っておけ、とでも思っているのだろう。

 しかも、夏野氏は政治を動かすべき“特権階級のエリート”と“一般ピープル”を、金があるかないかで分けているフシがある。

 夏野氏は2013年1月に〈税金払ってないくせに格差を問題視する若者、将来に希望なし〉とツイートし、税金を払っていない者は格差に異を唱える資格はないと切って捨てたこともある。さらに「なぜ税金を払っていないと格差を問題視してはいけないのか」と問われ、〈払っている人に依存しているからだよ〉などと答えたこともある。

 消費税のあるこの国ではどんな困窮者であっても税金を納めていない人などいないし、民主主義社会の大前提として納税の有無や多寡は選挙権にも政治や社会問題について発言する権利にもなんの関係もない。それを「払っている人に依存している」って、どこのモラハラ夫か。富の再分配や公共性をカケラも理解していないなどと新自由主義者に言っても意味がないのかもしれないが、ようするに、「金を持ってない人間は、金持ちに従い、社会に口出しするな」ということだろう。

 こんな言動を平気で繰り返す人物が政府の諮問会議の議長を務め、政策決定に影響を及ぼすかと思うと、恐ろしいし、実際、大問題だ。しかも、「アホな国民感情」「ピアノの発表会なんてどうでもいい」と発言したのは、つい先月のことだ。菅政権は、いったいなぜこんな人物を、規制改革推進会議の議長という重職につけるのか。

 内閣官房参与を務めていた高橋洋一氏が、コロナ感染者数について「さざ波」、緊急事態宣言について「屁のようなもの」と暴言ツイートを連発し、今年5月に辞任に追い込まれたばかりだが、菅政権はまったく懲りていないのだ。

 いや、懲りていないというより、菅内閣はむしろ夏野氏のこうした暴言体質を買っているらしい。

 夏野氏の議長就任を伝える日本経済新聞には、内閣府幹部のこんな言葉が紹介されていた。

〈内閣府幹部は「一貫して『とがった』発言をする人。世間への発信力も強い」と期待を寄せる。〉(2021年8月23日付)

 東京五輪開催をめぐっても、ひどすぎるコロナ対策についても、これだけ多くの国民が批判の声を上げているのに、一切耳を傾ける気のない菅首相。夏野氏が議長となった規制改革推進会議の23日のオンライン会議で、菅首相は「悪しき前例主義にとらわれず国民目線であるべき姿を考える」などと語っていたが、本音では夏野氏同様、「アホな国民感情」「一般ピープルが口出しするのは大間違い」と思っているのではないか。

「自助」を政策理念に掲げる菅政権のもと、「金を持っていない一般ピープルは口出しするな」と考えている規制改革推進会議議長。このままだと、どんな棄民政策を打ち出してくるかわからない。一刻も早くそろって退場願いたい。