【動画】『家族を想うとき』予告編
今回はイギリスの巨匠、ケン・ローチ監督の『家族を想うとき』を観てきました。
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みんなの映画部 活動第59回[前編]
『家族を想うとき』
参加部員:小出祐介(Base Ball Bear)、福岡晃子、世武裕子
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■監督は、カンヌ映画祭でパルムドール(最高賞)を受賞したケン・ローチ
──『みんなの映画部』第59回です。この取材日は12月20日、期せずして『スター・ウォーズ/スカイウォーカーの夜明け』の公開日に全く異なるものを観る、あえての回でございます。
イギリス映画の社会派の名匠、ケン・ローチ監督の『家族を想うとき』。原題は『Sorry We Missed You』(残念ながらご不在につき)、宅配便ドライバーとして働くお父さんとその家族を描く映画です。
小出 すごい映画なんですけど、「最高!」と安易に言いたくない感じですかね。問題提起の映画ですから。
福岡 でもめっちゃリアルだった。演技も含めて。全部ありそうだった。
世武 この映画に出ている俳優さんって、みんな映画の舞台になったニューカッスルに実際住んでる人なんですか?
小出 本当にそうらしいですね。
世武 すごい。だってこの主人公のリッキー役の人(クリス・ヒッチェン)も40歳になってから演技始めたって言ってるし、この反抗期の長男セブ(リス・ストーン)とかも素人やん。
──ケン・ローチ監督は地べたの現実に密着して映画を撮る姿勢を長年貫いていて、いわゆる有名スター俳優をほとんど起用しないことで知られています。
小出 主人公の家族はニューカッスルに住んでいて。
世武 ロンドンの北東部ですよね。
小出 映画を観てもわかるとおり、古い街並みが残っているところなんですね。で、いろんな階級の人が住んでいる。カンヌ映画祭でパルムドール(最高賞)を受賞したケン・ローチ監督の前作『わたしは、ダニエル・ブレイク』(2016年)も同じニューカッスルが舞台で、そのリサーチのときに『家族を想うとき』で取り上げた労働問題も出てきたらしいです。
主人公のリッキーは「働けば働くぶんだけ自分のもうけになるよ」って甘い言葉に誘われて、フランチャイズ契約の宅配便のドライバーとして新しく仕事を始めるんだけど、個人事業主とは名ばかりで実質的には非正規雇用。2008年の銀行の取り付け騒ぎが原因で借金を背負ってしまっていることもあって、働けども豊かにならない。
福岡 なんとなく。でもいわゆるブラック企業の社員さんとはちょっと違うわけだよね。
世武 社員でもないのに、あれだけキツいノルマを実際課せられるかっていう!
小出 主人公のお父さんの雇用関係がどういうことかざっくり言うと、会社に入って社員として働けばいろんな保証があるはずじゃない。ちゃんとした会社なら福利厚生とか社会保障とかもろもろ。でも会社の本音としてはそれを負わずに雇いたいと。
──大まかに例えると、年収500万円の正社員を雇ったときに、そこにかかわる福利厚生や経費などでだいたい同じ500万ぐらいのコストが掛かる。会社はなるべくそれをカットしたいから、非正規雇用っていうシステムがどんどん一般化していった。
小出 となると浮上してくるのが体のいい「自己責任」論ですよね。それぞれが経営者であり、あなたはその運営を担う個人事業主です。そのぶん社会保障や福利厚生は各自の負担になるし、なにかトラブルがあったらそれぞれの責任になります。
その一方、会社と個人経営者の契約なので、ノルマを運びきれなかったり、家の事情だろうが体調不良だろうが穴を開けたりした場合は、損害賠償として罰金が課せられる。
世武 ……ひどいね。
小出 それでもあのお父さんは、自分の頑張り次第で収入を増やせるかもってところに希望を見ちゃったんだろうね。イギリスの貧困問題ってここ20年ぐらいで深刻化していって、それが2011年の暴動に影響していたとも言われているし、EU離脱を支持していたのも、増え続けていた移民によって職を奪われることを危惧した白人の貧困層が中心だったと。
世武 フランスも同じような格差問題が深刻だって言ってた。一部のセレブが金持ち過ぎて他は貧困だって。
福岡 それを言うなら日本だって充分近づいてるもんな。
世武 世界的にそういう傾向にあるよね。大枠はどの国もおんなじ状況っていうか、なんでその割合っていっつも一緒なんやろっていう。
■日本のドラマではあり得ないであろうエンディング
小出 この映画って、お父さんの転職がきっかけで家族の絆が壊れていく話なんだけど、じゃあこの悲劇は「誰のせいか?」って言ったら、誰のせいでもない。少なくとも彼らのせいではない。社会のシステム下で、ひたすら負のスパイラルに巻き込まれていた。お父さんは家族を幸せにするために「しっかり働かなきゃ」って一生懸命に頑張ってるだけなんだし。
福岡 あんないい家族なのに、ここまで崩壊しちゃうっていうね……。あのお父さんはホンマ切ないなあ。思春期の息子に「その仕事を選んだのは自分だろう」みたいなこと言われるやん。それでお父さん言い返せなかった。
自分でも腕力型の人だって言ってただけあって理屈には弱くて、「うっ」と詰まって、ついイラッとなって息子に当たっちゃう。社会のせいでもあるのに、「俺が頑張れば済むんだ」みたいなところで納得して、自分で重荷を抱え込んじゃってる。
世武 真面目だよね。しかしこんないい親がいるのに、長男のセブは許せん。甘いこと言ってんな! って観てた。あたしだったらとっくの昔にぶっ飛ばしてるわって(笑)。
小出 お母さんも家計を支えるためにパートタイムの介護福祉士として頑張っている。長男は確かにちょっとやんちゃだけど、じゃあなんで彼がスプレー缶を盗むような、15ポンドも持ってないような状況になってんの? とも思う。妹は不眠症や夜尿症に。
それは全部、家庭内の不安によるところから出てる問題じゃん? それをどうにか改善しようとするけど、働けど働けどまったく良くならない。で、その不安を生んだ、そもそもの原因は? という。
世武 でもネタバレになるからボカして言うけど、あの終わり方よかったなあ。
福岡 衝撃だった。日本のドラマとかだったらさ、昔のお父さんに戻って終わると思う。
世武 そこで涙流して、観客の気持ちに句点つくやつ(笑)。でも社会の現実はそうじゃないもんね。
小出 なんにも良くなってないし、なにか解決するような気もしない。
世武 またおんなじ沼に入っていくような……。残酷に突き放す描き方かっていうとそうじゃないのが良くて。例えば学校の成績は良いのに不良っぽくなってるセブに、将来のことを諭す警官のおじさんが出てくる。
あの人ってめちゃめちゃいい警官やったやん。父親の代わりにああいう風に言ってくれる人が、社会のどこかに居たらめっちゃいいよね。あれは映画の優しい嘘かと思うぐらい素敵な警官だったな。
TEXT BY 森 直人(映画評論家/ライター)