奈良・興福寺新貫首が会見「1300年前の姿がずっとある空間を発信したい」

奈良・興福寺新貫首が会見「1300年前の姿がずっとある空間を発信したい」
記者会見する興福寺の森谷英俊・新貫首(左)と多川俊映・寺務老院=奈良市の興福寺会館で2019年9月2日、大川泰弘撮影

 奈良市の法相宗大本山、興福寺の森谷英俊新貫首(69)=1日就任=と多川俊映・前貫首(72)が2日、記者会見に臨んだ。森谷貫首は「時代がどんなに変わっても1300年前の姿がずっとある。興福寺はそんなほっとできる空間だということを発信していきたい」と話した。

 森谷貫首は群馬県高崎市出身。一般家庭に生まれ、法政大法学部卒後に鎌倉市役所(神奈川)などでの勤務を経て、1975年入山した。

 多川前貫首から後継を通告されたのは8月5日だった。「身に余る重責で、頭が真っ白になった」という。「奈良の地で骨を埋めよう」と決断した。当面の仕事について「3年後には伽藍(がらん)の第2期整備計画の全容を示したい。五重塔の修理も持ち上がる。覚悟を決めて準備を進める」と述べた。

 森谷貫首は31歳の7月、境内の三重塔の前で、多川前貫首と出会ったのがきっかけで仏門に入った。当時はサラリーマン。体調がすぐれず、どう生きるべきか悩んでもんもんとしていたという。釈迦(しゃか)へのあこがれから奈良へ。散策中、法要を終えた多川前貫首に声を掛けられたのがきっかけで、「お寺に入れてください」と頼み込んだ。「アカデミックで心根がピュア。男が男にほれた」と振り返る。

 森谷貫首は「変わり種の貫首が生まれた。仏教の間口が決して狭くないことを知ってもらいたい」と述べて会見を締めくくった。

 一方、6期30年勤めた多川前貫首は「寺務老院」という新設の役職に就いた。昨年落慶した中金堂について「天平の復元がなった。感無量」と述べた。「教学面では多くの先生方の講座を書籍化し、入門書から中級解説書などの品ぞろえができた」と振り返った。【大川泰弘】

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