2023年から電子処方箋の運用が開始
電子処方箋のシステム
国は医療情報のデジタル化を目指し、データヘルス計画を推進しています。その一環として2023年1月から電子処方箋が実用化される予定です。
電子処方箋とは、現在は紙で運用されている処方箋をデジタル化したものです。
患者が持参したマイナンバーカードなどを活用して、処方された薬などの情報を管理システムに記録します。その記録を医師や薬剤師が閲覧して、より適切な薬の処方を推進するシステムです。
このシステムによって、患者一人ひとりの薬の服用状況がわかりやすくなるだけでなく、オンライン診療でも処方箋を発行して、薬を配送してもらうなどのサービスが可能になります。
電子処方箋が医療にもたらす変化とメリット
厚生労働省では、「患者」「病院・診療所」「薬局」の三者にそれぞれメリットがあると述べています。その要旨をまとめると次のようになります。
電子処方箋のメリット 患者 スマートフォンなどで服薬状況を閲覧できるため、適切な管理が可能になる。オンライン診療でも処方箋を発行できるようになり、薬をもらいに通院する必要がなくなる。 病院・診療所 その患者がかかっている医療機関・薬局との情報を過去3年にわたって閲覧でき、各機関との円滑コミュニケーションを図れる。 薬局 「病院・診療所」と同様にシステム上で服薬状況を閲覧できるようになり、それぞれの機関での伝達事項を簡単に行えるようになる。中でも、患者として大きなメリットがあるのが、ポリファーマシー予防です。
ポリファーマシーとは、多数の薬を併用することによって、健康に悪影響を及ぼすことを指します。特に、高齢者は複数の医療機関で診療することが多く、それぞれ別々の機関から多数の薬を処方されやすい傾向があります。
主に6剤以上を服用している人がポリファーマシーのリスクが高いとされており、高齢になるほど複数の薬を服用していることが明らかにされています。
ポリファーマシー対策で大切になるのは、医師や薬剤師による服薬状況の確認です。
現状では、主に患者が持参するお薬手帳によって、医師や薬局が服薬状況を確認しています。しかし、患者によってはお薬手帳を紛失したり、持ってくるのを忘れたりして、患者の自己申告を頼りにせざるを得ないケースも少なくありません。
しかし、電子処方箋のシステムが普及すれば、患者一人ひとりの服薬状況がデータで確認できるようになり、複数の医療機関を受診していたとしても、同じデータを基に処方を行えるようになります。
段階的に進められる医療の電子化
国の狙いは医療情報の完全電子化
厚生労働省は、以前から専門のワーキンググループを設置して、医療情報の電子化に向けて段階的に取り組んできました。
すでに普及が進んでいるのが電子カルテシステムです。一般病院の普及率は2008年時点で14.2%でしたが、2017年には46.7%にまで拡大しています。
電子カルテとは、これまで医師が紙に記入していた患者のデータをデジタル化したもので、民間企業によってさまざまなサービスが開発されています。
こうした電子カルテを始め、電子処方箋などの情報を「オンライン資格等確認システム」と紐づけることによって、患者の状態などの把握を正確にする目的があります。
オンライン資格等確認システムとは、主にマイナンバーカードを活用して、国民一人ひとりの医療データを管理するシステムのことです。現状ではまだ検討段階にありますが、2025年を目途に本格的な運用を目指しています。
電子処方箋の運用の問題点
一方、電子処方箋の導入費用は国民が負担することがわかっています。
2021年に厚生労働省が発表した「電子処方箋の仕組みの構築について」では、電子処方システムのすべての機能が稼働すると、運用・保守費が年間9.8億円になると発表しています。
この負担はすべての被保険者が公平に負担すると提案されており、加入者1人当たりの月額負担額が0.65円増える計算になります。
また、電子処方箋の運用はマイナンバーカード等で資格を取得する必要があります。しかし現在マイナンバーカードは、人口に対する交付枚数率が42.4%と低い数字にあります。
電子処方箋の運用のためには、まだ取得していない半数以上の人たちにマイナンバーカードを取得してもらうことが必要です。
患者の安心感とメリットの最大化が発展のポイント
サイバー攻撃に対するセキュリティ強化が必須
医療情報の電子化に伴って、最も懸念されるのがセキュリティの問題です。
これまで年金情報や消費者庁の個人情報が流出した事件が起きており、国民の電子システムに対する信頼度は低いと言わざるを得ません。
特に、近年はスマートフォンの普及などにより、急速にオンライン化が進んだことで、サイバー攻撃が増えています。総務省の報告によると、不正アクセスは2018年から2019年にかけて約2倍に増えていることがわかっています。
こうしたセキュリティ面の安全性を確保して、国民の不信感を拭い去ることができなければ、いまだ普及が滞っているマイナンバー制度と同様に、相当な時間がかかる可能性があります。
在宅診療の簡素化などのメリットの最大化が大切
医療情報の電子化は、ポリファーマシー予防や医療機関での手続きの簡素化、各機関の連携強化などのメリットも大きく、これまでの課題を解決する糸口にもなります。
しかし、根強く残るセキュリティへの不信感は、国民のみならず医師や薬剤師も懸念しています。
セキュリティ強化も必要不可欠ではありますが、普及のために必要なのは、国民にとってどんなメリットがあるのかという視点です。
例えば、マイナンバーカードはコロナ禍の10万円給付の申請や2万円分のポイント付加などの措置によって急速に普及しました。先述したように、マイナンバーカードの交付率は、まだ42.4%ですが、2020年1月時点で15%だったことを考えれば、ここ2年で4人に1人以上の割合でマイナンバーカードを取得したことになります。
これは特例措置ではありますが、マイナンバーカードを取得する契機になりました。
医療情報の電子化ではこうした金銭的なメリットではなく、よりスムーズな医療提供といった実感をベースに国民に訴求する必要があります。
例えば、厚生労働省では、オンライン診療で発行された電子処方箋を基に、薬局から配送サービスを使って薬を自宅に届けることを想定しています。
こうしたサービスは在宅介護を行う家庭にとっては、通院する回数が減少し、介護者の負担を軽減することにつながります。
電子処方箋の運用のためには、こうしたサービスを広め、国民にメリットを理解してもらうことが重要です。