成年後見制度の課題と対策
成年後見制度の利用促進が進まない実態
成年後見制度は、認知症や知的障がい、精神障がいなどにより判断能力が不十分な方々を法律的に支援する仕組みです。しかし、その利用促進は思うように進んでいないのが現状です。
2023年の統計によると、成年後見関係事件の申立件数は40,951件で、前年から約3.1%増加しました。
では、なぜ成年後見制度の利用が進まないのでしょうか。主な要因として、以下の点が挙げられます。
手続きの複雑さとコスト 申立てから後見人選任までの過程が複雑で、費用面での負担も大きいことが利用をためらう原因となっています。 親族後見人の選任難 家族関係の希薄化などにより、身近な親族が後見人になることが難しくなっています。 制度への理解不足 成年後見制度の内容や利用方法が十分に周知されていないため、必要な人に情報が届いていないことがあります。 代替手段の存在 家族信託や任意後見など、他の選択肢があることも、法定後見の利用が進まない一因となっているかもしれません。これらの課題に対応するため、厚生労働省は「第二期成年後見制度利用促進基本計画」を策定しました。この計画では、地域共生社会の実現に向けた権利擁護支援を推進し、制度の利用促進を図ることを目指しています。
計画の実効性を高めるためには、さらなる取り組みが必要でしょう。例えば、手続きの簡素化や費用負担の軽減、制度の周知活動の強化などが考えられます。また、地域の実情に応じた柔軟な支援体制の構築も重要な課題となっています。
2023年4月1日時点で、全国1,741市町村のうち1,070市町村(61.5%)が中核機関を整備済みですが、まだ多くの自治体で整備が進んでいない結果も出ています。
後見人等の担い手不足
成年後見制度の利用促進が進まない要因の一つに、後見人等の担い手不足があります。この問題は、制度の根幹に関わる重要な課題となっています。
現在、成年後見制度を利用している人は約25万人ですが、潜在的な後見ニーズは約1,000万人と推計されています。つまり、実際の利用者数は必要とされる人数のわずか2.5%に過ぎません。この大きなギャップを埋めるためには、十分な数の後見人等の確保が不可欠です。
後見人等の担い手不足の主な要因としては、以下のようなものが挙げられます。
親族後見人から専門職への移行 以前は親族が後見人になるケースが多かったのですが、家族関係の変化や後見業務の複雑化により、専門職後見人への依存が高まっています。しかし、専門職の数には限りがあります。 市民後見人制度の未成熟 市民後見人制度は、一般市民が成年後見人等として活動する仕組みですが、まだ十分に普及していません。2022年4月1日時点で、市民後見人の養成者数は約2万1,476名、うち実際に成年後見人等として活動している人は1,716名にとどまっています。 地域差と自治体の取り組み不足 後見人等の確保や支援体制の整備には、地域によって大きな差があります。自治体の取り組みが不十分な地域では、担い手の確保が特に難しくなっています。この状況を改善するためには、市民後見人制度の充実や専門職の育成・確保、地域ごとの支援体制の強化など、多角的なアプローチが必要です。それと同時に、担い手の量的確保だけでなく、質の向上も同時に図る必要があることを忘れてはいけません。
本人の意思尊重と権利擁護のバランス
成年後見制度における「意思決定支援」の重要性が近年、ますます高まっています。意思決定支援とは、本人が自分の生活や財産に関する重要な決定を行う際に、その過程をサポートすることを指します。
しかし、「権利擁護」と「意思決定支援」の両立は、時として難しい課題となります。例えば、判断能力が低下している場合でも、本人が特定の選択肢について強い意向を示すことがあります。このような状況では、後見人がその意向を尊重しつつも、その選択が本人にとって不利益である場合にはどう対処すべきかというジレンマが生じます。
例えば、認知症の高齢者が「自宅で一人暮らしを続けたい」と強く希望している場合、単に危険だからという理由で施設入所を勧めるのではなく、在宅での生活を可能にするための支援策を検討することが求められます。ただし、それが本人の生命や健康に重大な危険をもたらす場合には、慎重な判断が必要となります。
一方で、権利擁護の観点からは、本人の財産や権利を不当な侵害から守ることも後見人の重要な役割です。例えば、悪質な勧誘や詐欺から本人を守るために、一定の制限を設けることが必要な場合もあるでしょう。
このように、本人の意思尊重と権利擁護のバランスを取ることは、成年後見制度の大きな課題の一つとなっています。今後は、意思決定支援の理念をより深く浸透させるとともに、個々のケースに応じた柔軟な対応ができる体制づくりが求められるでしょう。
成年後見制度における3つの主要な問題点
制度の複雑さと手続きの煩雑さ
成年後見制度は、その設計上、複雑で手続きが煩雑であるため、多くの人々が利用をためらう要因となっています。この複雑さは、制度の利用促進を妨げる大きな障壁となっているのです。
まず、制度の複雑さについて具体的に見ていきましょう。
手続きの多様性 成年後見制度には法定後見、任意後見、補助など複数の種類があり、それぞれ異なる手続きや要件があります。このため、利用者やその家族はどの制度を選択すべきか判断することが難しい場合が多いのです。 書類作成と申請の煩雑さ 後見人を選任するためには、多くの書類を準備し、家庭裁判所に申請する必要があります。このプロセスは時間がかかり、専門的な知識が求められることから、一般市民にはハードルが高いと感じられがちです。 情報不足 制度に関する情報が十分に提供されていないため、利用者は自分たちに適した選択肢を理解できず、結果として制度利用を避ける傾向があります。特に高齢者やその家族は、情報収集が困難であることが多いのが現状です。手続きの煩雑さは、申立てから後見人選任までの期間を長引かせる要因にもなっています。緊急に支援が必要な場合でも、手続きに時間がかかることで適切なタイミングでの支援が難しくなることがあります。
この問題に対する改善策としては、申請書類の簡略化や、オンライン申請システムの導入などによる手続きの簡素化や相談窓口の拡充、専門家による支援体制の整備などを行う必要があるでしょう。
後見人の負担と報酬の問題
成年後見人には多くの責任が課せられますが、その負担と報酬についても重要な問題があります。この問題は、後見人の確保や質の維持に直接影響を与えるため、制度の健全な運営にとって非常に重要です。
まず、後見人の業務量の多さが挙げられます。被後見人の日常生活や財産管理に関与しなければならず、定期的な訪問、金銭管理、医療や介護に関する判断など、責任の重い業務が続きます。
特に親族後見人の場合は、感情的な負担も大きくなることがあります。家族の判断能力の低下を目の当たりにしながら、冷静に判断を下さなければならない状況は、大きなストレスとなるでしょう。
なお、後見人への報酬については明確な基準がなく、その額も地域やケースによって異なるため、不公平感を生むことがあります。また、報酬が低い場合、専門職として後見人を引き受ける意欲が低下する可能性があります。
医療同意や居所指定などの権限の不明確さ
成年後見制度では、後見人の権限について不明確な部分があり、特に医療行為に関する同意権や居所指定権については大きな課題となっています。この権限の不明確さは、実際の後見活動においてさまざまな問題を引き起こしています。
まず、医療同意に関する問題について見ていきましょう。
現行の成年後見制度では、後見人に医療行為への同意権が明確に与えられていません。これは、医療行為が本人の身体や生命に直接関わる重要な問題であり、本人の意思を最大限尊重すべきという考え方に基づいています。
ですが、認知症が進行した被後見人に手術が必要になった場合、医療機関は誰から同意を得ればよいのでしょうか。現状では、多くの場合、家族や親族からの同意を得ることになりますが、家族間で意見が分かれたり、適切な判断ができる家族がいない場合もあります。
次に、居所指定権の問題についても触れておきましょう。
被後見人の居所を決定する権限(居所指定権)についても、その範囲や条件が明確ではありません。例えば、被後見人が現在の住居で生活を続けることが困難になった場合、後見人がどこまで居所の変更を決定できるのかという点で判断に迷うことがあります。
これらの権限の不明確さにより適切な医療・介護を受けるのに遅延が生じたり、医療機関との連携がうまくいかなかったりといった問題が発生します。
法整備の推進やガイドラインの策定、第三者機関の設置などの対策が求められるでしょう。
成年後見制度の課題に対する今後の対策と展望
市民後見人の育成と活用の推進
市民後見人制度は、地域社会における権利擁護を強化するために重要な役割を果たします。この制度は、専門職ではない一般市民が成年後見人として活動することを可能にし、地域での支援体制を充実させることが期待されています。
現在の状況を見てみましょう。厚生労働省の調査によると、2022年4月1日時点で、市民後見人の養成者数は約2万1,476名となっています。しかし、実際に成年後見人等として活動している人は1,716名にとどまっており、養成された人材が十分に活用されていない現状が浮かび上がります。
この状況を改善し、市民後見人の育成と活用を推進するためには、以下のような取り組みが必要です。
今後は、自治体や関係機関が連携しながら、これらの取り組みを着実に推進していくことが重要です。市民後見人の育成と活用を通じて、成年後見制度の課題解決に向けた大きな一歩を踏み出すことができるはずです。
地域連携ネットワークの構築と強化
成年後見制度は単独では機能せず、地域全体で連携して支える仕組みが求められます。そこで重要となるのが、地域連携ネットワークの構築と強化です。このネットワークは、多様な関係者(医療機関、福祉施設、市民団体など)が協力して権利擁護を行うための基盤となります。
地域連携ネットワークの要となるのが中核機関です。厚生労働省の調査によると、2023年4月1日時点で、全国1,741市区町村のうち1,070市区町村(61.5%)が中核機関を整備済みです。しかし、その機能や活動内容には地域差があるのが現状です。
地域連携ネットワークの構築と強化に向けては、以下のような課題について対策を考えなければなりません。
- 人材の確保と育成:ネットワークを運営する人材の確保と、専門性の向上が求められます。
- 地域格差の解消:都市部と地方部での支援体制の格差を解消する必要があります。
- 情報共有システムの構築:関係機関間で効率的に情報共有できるシステムの整備が必要です。
- 評価と改善の仕組み:ネットワークの機能を定期的に評価し、改善していく仕組みが求められます。
地域連携ネットワークにおいては、多職種連携が非常に重要です。例えば、以下のような連携が考えられます。
医療・介護との連携 被後見人の健康状態や生活状況を適切に把握し、必要なサービスにつなげます。 福祉サービスとの連携 障害福祉サービスや高齢者福祉サービスと連携し、総合的な支援を行います。 地域包括支援センターとの連携 高齢者の総合相談窓口である地域包括支援センターと連携し、早期の問題発見と対応を図ります。また、効果的に機能させるためには、以下のような取り組みが重要です。
- 協議会の設置:地域の関係機関が定期的に集まり、情報共有や課題検討を行う場を設けます。
- 専門職団体との連携強化:弁護士会や社会福祉士会などの専門職団体と連携し、専門的な知見を活用します。
- 金融機関との連携:被後見人の財産管理を適切に行うため、地域の金融機関との連携体制を構築します。
これらの課題に取り組みながら、地域連携ネットワークを強化していくことで、成年後見制度がより効果的に機能し、判断能力が不十分な人々の権利擁護が適切に行われることが期待されます。
また、このネットワークは成年後見制度にとどまらず、地域全体の福祉向上や共生社会の実現にも寄与する可能性があります。今後は、各地域の特性を活かしながら、持続可能で柔軟なネットワークづくりを進めていくことが重要です。