転倒して骨折…でも気持ちは元気です!

東海林

実は先日、転倒して骨折しちゃったんです。でも、このままの私でお会いしようと思って来ました。だって心は元気だから。

くらたま

痛みはないですか。どんな状況だったんですか?

東海林

私は健康維持のためウォーキングを日課にしています。最近筋力がついてきたなと思っていたので、その日は過信して長い距離を歩いてしまったんです。

家に戻ってマンションの入り口で「今日はどれぐらい歩いたかな」と思って時計を見た次の瞬間、フラッときて後ろにバタンと倒れてしまいました。

「100歳まで生きる」とさんざん言っていた矢先のことです。年をとったことをもっと自覚しないと危ないなと思いました。

くらたま

まさか時計を見て転倒するとは思わないですよね。

東海林

緊張感がどこか足りなかったんです。息子たちには「頭を調べてもらったら?」と言われました。でも私、頭は大丈夫だと思うんです(笑)。毎日が楽しくて「絶好調!」って思っていたのがいけなかった。でも、健康づくりは続けていて新聞は毎朝大きな声を出して読んでいます。

声が出なくなったらプロじゃなくなると思っていますから。
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くらたま

声のお仕事ですもんね。

東海林

そうなんですよ。動けなくなったとしても、話ができたらラジオのお仕事は続けられます。

好きな韓国人の俳優さんの応援が日々の活力

くらたま

そうですね。東海林さんは現場からは引退されましたが、現役でお仕事を頑張られていますね。それに、いくつになってもときめきを忘れないお気持ちが素敵です。

ご著書を読んだんですが、病院の担当医に恋心を持っちゃうくだりなんか、もう最高でした!

東海林

あのお医者さんとはその後会えなくなってしまったので、今は韓国の俳優さんにときめいているんです。

くらたま

え?今はそっちに行っているんですか。

東海林

ええ。写真をいっぱい持っていますよ。朝や寝る前に見ると元気が出るんです!

くらたま

ありのままを大切にする心、大事ですね。

いつまでも「現場の東海林さん」でいたい

くらたま

東海林さん、お身体は怪我をされていても心はとてもお元気なのが伝わってきます。昔、要支援1の介護保険証を返還されたことがあったんですね?

東海林

そうなんです。

主人が要介護4に認定されたとき、私も要支援1の認定をもらったの。でも、その頃は元気だから「冗談じゃない」と思いました。今回転倒して骨折したことで、介護認定の話がまた息子たちから出ているんですけどね。

介護認定を受けると、ヘルパーさんのサポートを受けやすくなります。でも、私はできる限り自分のことは自分でしたいという気持ちがありますね。

くらたま

確かに、介護認定に助けられる人は多いです。

でも、それぐらい気持ちを強く持つことが東海林さんの元気でい続ける秘訣なんですね。

東海林

それから、私は年寄り扱いされたくないという思いがあるんです。87歳だけど「おばあちゃん」とは呼ばれたくない。できれば「東海林さん」と呼び続けてほしい。初めての場所などで「おばあちゃん大丈夫ですか?」とやさしく言われることもあるんですが…。

昔、高齢者問題を取材したことがありました。

そこでお年寄りばかりを撮っているカメラマンの女性がいたんです。その人は絶対、高齢者を「おばあちゃん」とは呼ばないんです。良い表情をしてくれるからです。

くらたま

その方が良いですよね。

東海林

ええ。だから自分で動けるうちは頑張りたいと思っています。「100歳まで生きる」と周りにも宣言していますからね。

くらたま

それは素晴らしい!恋も忘れずに。

東海林

100歳になったらまた対談でお話聞いてくださいね。

くらたま

もちろんです。その頃は、どんな俳優さんがお好きなのか、お聞きするのを楽しみにしています!

  • 撮影:丸山剛史
長生きの秘訣は世の中にときめきを持ち続けること

東海林のり子

埼玉県浦和市(現さいたま市)出身。1934年生まれ。立教大学卒業後1957年にニッポン放送に入社。退社後、フジテレビ「3時のあなた」でリポーターデビューし、おもに事件リポーターとして活躍。そのリポートぶりは、「現場の東海林です」というフレーズとともに広く知られることとなった。1994年度の日本女性放送者懇談会賞を受賞。1995年に発生した阪神・淡路大震災を期にリポーターとしての活動に終止符を打つことを決意。現在もテレビ、ラジオ、講演会など精力的に活動している。おもなレギュラー番組は「現場の東海林です。斉藤安弘アンコーです」(KBS京都ラジオなど5局ネット)