吉藤オリィ氏がつくる分身ロボットOriHimeの利用者には、ALSの患者さんが多い。日本では、ALSで身体が動かなくなった後呼吸器をつけて生きることを選ぶ人は全体の3割ほどにとどまる。

「生きていたい」と思える未来をつくるために必要なことは何か。OriHimeを使う当事者たちの声も集めた。

ALSの患者さんが「生きていたい」と思える未来を

みんなの介護 憧れを持てるような車椅子や呼吸器があっても良いと、あるインタビューで語られていましたよね。

吉藤  私たちは、生きるうえで常に次のフェーズに対する“憧れ”を持っていたと思います。例えば、高校生のときは大学生に憧れていました。そこから、私は研究分野に憧れた人がいてその道に進んだ。憧れと出会いは人生を変えます。

それが、寝たきりの場合、その先に憧れを持つことって多分ないですよね。健康寿命と平均寿命には、約10年ぐらいの隔たりがあって、この2つの差は健康寿命が延びているのに縮まりません。

健康ではない状態で過ごす期間を多くの人が体験するということです。しかし、そこに突入してから議論するのでは遅い。日本は長寿の国ですが、ほかの国からすると羨ましいものになってないんですよね。

みんなの介護 なるほど。

寝たきりになっても、その先の“生”に憧れを持てる状況をどうつくるかですね。超高齢社会にあって喫緊の課題だと思います。

吉藤  私はALSの患者さんに多くかかわっています。ALS協会では、寝たきりになってしまった人に呼吸器をつけるかつけないかというような議論がされています。

ALSは呼吸器をつければ生きられる病気なんです。海外では基本的には呼吸器をつけさせません。

その代わりに、人生の最期に向き合うメンタルケアに移行していくんです。

そして、日本でも3割の患者さんしか呼吸器をつけない現状があります。重要なことは、「生きていてもいい」と思えること。生きたうえで呼吸器をつけて何をするか。

私は、「これができれば呼吸器をつけたい」というALSの患者さんの声をたくさん集めてきました。その中でも大きな要望は、「仕事ができること」だったのです。

その背景には、誰かに必要とされたい、役に立ちたいという思いがある。その願いが実現する状況をどうつくっていくか。そこにあるのは、寝たきりの先の憧れではないかと考えます。

だから私は、パイロットの人たちを「寝たきりの先輩」と呼んでいます。

健常者と呼ばれる人たちは、障がいのことを考えることはできても、どうしても日々の生活で忙しくなっています。やはり、どう生きていくかを自分ごととして考えられるのは、寝たきりの状況に直面している当事者の方しかいない。

その当事者の方たちとともに、寝たきりになっても「こんな風に生きたい」と思えるロールモデルをつくる。それが今、私たちが取り組んでいることです。かっこいい寝たきりがいてもいいのではないでしょうか。

OriHimeの情報が必要な人に届かないもどかしさ

みんなの介護 現状として、OriHimeは必要とされている方のもとに届いていますか?

吉藤 まだまだOriHimeやOriHimeアイという視線入力のコンピュータが知られていない現状があります。

今でも「半年早く知っていれば…」と言われることがある。OriHimeの情報を知らないまま、呼吸器をつけない選択をして亡くなっていかれたALSの患者さんもいらっしゃいます。

また、視線入力自体、数年前の使いにくい状態をイメージされている方もいます。

しかし、今はかなり使いやすくなっています。視線入力で絵を描くことを楽しみにされているALSの患者さんもいます。

選択肢となったうえで選ぶ・選ばないは自由です。しかし、まだ当事者の方々の選択肢になっていない。そのことは、研究者としてもつらいです。

みんなの介護 これまでもテレビで取り上げられたり、取材を受けたりする機会もあったと思います。それでも情報が伝わらなかったのはなぜだと感じていますか?

吉藤 私自身が取材されることが多いんですが、本当はOriHimeを使って難病の方々がどう変化していったかを知ってもらうことの方が重要です。そのことを発信していきたいですね.。

みんなの介護 なるほど。今回のインタビューでは、ぜひOriHimeを使われた方の変化の一端を伝えられたらと思います。オリィ研究所さんで制作されたYouTube動画などから特徴的なパイロットの声を拾ってみました。

幼い頃に骨髄性筋萎縮症(SMA)と診断された大学生 「夢は社会福祉士になることです。分身ロボットカフェで働いてみて、今まで思いつかなかったような社会参加の仕方があるんだなと感じ、将来に対する考え方も変わりました。障がいがありながら、いろいろなことに挑戦されている方々の姿を見て、わたしも自分なりにできることを挑戦したいなと感じました。大学受験に挑戦したのは、社会福祉について学びたいと思ったからです。障がいがある方や外出がなかなかできない人が社会に参加していくことが当たり前の社会になっていくといいなと思います」 バリスタとして働いていたときにALSと診断された女性 「バリスタの全国大会に向かう途中で病気の症状が出てしまってやめざるを得なかった状況があったので、すべてを失ってしまったという喪失感がありました。できなくなっていくことにすごく寂しさを覚えていたのですけど、また分身ロボットカフェで自分の手でコーヒーを遠隔でお出しして、おもてなしできたという喜びがとても大きかったですね。ゆくゆくは手が使えなくなりますが、視線入力と録音してある私の音声によってOriHimeを動かし、バリスタを続けたいと思います」 脊髄性筋萎縮症(SMA)で就職に悩んでいた大学生 「自分が障がい者ってわかっていたのですけど、今までずっと友達と一緒に進学してきたので、就職となった瞬間切り離された感覚になりました。内定をもらえないまま大学を卒業して苦労しました。そんな中、オリィさんがパイロットの募集のツイートをしていて、やってみようかなと思って応募して今に至ります。今ではモスバーガーで週5日働いています。この仕事は好きですね。一番楽しいです。喋るの楽しいと思える自分がいることがわかったし、よかったなぁと思います。お客さんが私に会いに来てくれるんですよ。社会とつながって、私が必要とされている感覚になって、すごい嬉しかったです」

吉藤 ありがとうございます。パイロット一人ひとりにとって、Orihimeは大きな機会を与えられたと思います。

吉藤オリィ「寝たきりの先に“憧れ”をつくれるか。分身ロボットの開発でその難題に立ち向かう」
AIは仕事だけではなく成長する機会も奪うかもしれない

”リアクションの最大化”が人を育てる

みんなの介護 吉藤さん自身は、社員やパイロットのみなさんの成長のためにどんなことを意識していますか?

吉藤 リアクションの最大化を目指したいと常々思っています。良いリアクションが飛び交う環境は人が育ちます。

リアクションとは、例えば相槌をちゃんと打つとかですね。リアクション次第で、自分が必要とされているかどうかを感じられます。反対に、無視というのが一番良くないコミュニケーションです。

また、私たちは避けがちですが、良くないことを「良くない」としっかり伝えることも大事です。傷ついていることを表明するためのリアクションとしてね。

みんなの介護 リアクションの大切さは、研修などで分身ロボットカフェのパイロットの方にも伝えているのですか?

吉藤 そうですね。マニュアル的になっているわけではないですけどね。例えば、分身ロボットカフェに来られて、初めてOriHimeを知るお客さんもいらっしゃいます。パイロットの方は、私ほど詳しくないかもしれないけれども、お客さんよりはOriHimeについて詳しいわけです。

そこで、OriHimeというロボットがどのようなものか、自分たちが何を目指しているかのプレゼンテーションができる。

そのときに、お客さんにうまく伝わったかどうかを自然にフィードバックできる環境は、つくれていると感じます。

みんなの介護 人工知能の発展における課題について、ほかに感じていることはありますか?

吉藤 私は、人間の役割や目的をどうつくっていくかがすごく重要だと思っています。ですので、AIの時代にあって、そのことをどう実現していくかですよね。

例えば、もう一度仕事をばらして小さな仕事をつくっていく方法があるかもしれない。それらをどうデザインするかというところで、もしかするとAIが役に立つのかもしれない。

まあ、そもそもAIという言葉自体が魔法の言葉なので、あまり使わないようにしてるんですけどね。便利なツールとして使っていくのはいいと思います。

ただ、すべてが便利になったときに残される人が出てくる。そしてその人たちは、人に喜んでもらうために何をすればいいか、見つけるのが困難になってくる。そうなると本末転倒であると思っています。

本当に些細なことでもいいかもしれない。「あなたがいないと寂しい」と言ってもらえる人間関係をつくれたら良いですね。