第67回 NHK杯3回戦 第2局は、河野 臨(こうの・りん)九段(黒)と依田紀基(よだ・のりもと)九段(白)の対局となった。村上深さんの観戦記から、序盤の棋譜と展開を紹介する。


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もはや私が紹介する必要もないくらい、読者の皆様はこの二人の雄姿を見続けてこられたであろう。
依田紀基九段はNHK杯を5回優勝。故坂田栄男九段の11回は別格であるが、大竹英雄九段、結城聡九段と並んで2位タイの堂々たる偉業である。
河野臨九段は今年も各棋戦で好調をキープ。ただ、NHK杯は優勝に縁がなく、14年に決勝進出したものの結城九段に阻まれた。
二人の過去16局のうち、作り碁となったのは12局。
これは二人の棋風がともに「小技の冴(さ)えでポイントを挙げ逃げ切る」タイプで波長が合うからだと記者は推測する。しかし、本局は全く逆の展開に。序盤から猛烈なパンチの応酬となり、互いの生死を懸けたしのぎを削る展開となった。とはいえ、トッププロの対局では実際に石が死ぬことはまれだ。だが、「まさか」のことが起きたのだ。
うわさによると、最近は若手は星を、ベテランは小目を好むらしい。
理由は簡単、星に打つとダイレクト三々が飛んでくる。研究途上の戦法ゆえに、変化を熟知している若手は恐れず、ベテランは注文を外すというわけだ。果たして、盤上には小目が3つ。この二人であれば研究に余念はないだろうが、やはり波長が合ったのだろう。お互いに間合いを空けて対じする、クラシックな布石が展開された。
 

■急所の一撃

依田は石音の高さを注目されがちだが、それはあくまでも表面上の出来事だ。
依田の碁において、その真骨頂は形の美しさであろう。依田が音高らかに打ち下ろすとき、依田の感性が盤上に表れる瞬間と見て間違いない。
白14がバチンと打たれたとき、記者は驚いた。つい、1図の黒1と間を裂いていきたくなる。しかし、白2が返し技。黒3、5と受けざるをえず、白6まで白の形を整えるお手伝いとなってしまう。

 
河野も危険を察知して黒15と譲歩。ならば白も守りを固めるタイミングで、白22までしっかり受けた。
黒23と右辺を落ち着かせたところで大場に向かうかと思われたが、白24と黒21の一子をしっかり取り切る選択。早いタイミングで二線に石が向かうということは、根拠に関わる要点だということだろう。依田はさらに強力な狙いを秘めていた。
黒29は「打つところが分からなかった」と河野は局後に語る。
第一級の大場だが、依田は戦機と見たか、すぐに狙いを敢行した。石音高く、白30 と下辺黒に急所の一撃をお見舞いしたのが、白24からの構想だ。
下辺は黒の勢力圏だから黒31と正面から受けた手は当然に見えるが、どうもこれがやり過ぎだったようだ。2図、黒1とかわしてしまうのがこの場合は正しい方向。白2と切られると黒は弱体化するが、ここは捨て石の発想で黒3などと大場に先行する。右下白が生きているので、黒は強く戦う場所ではない、という発想だ。


白40とアオり、サバきながら黒を攻め、白がペースをつかんだ。だが、河野も黒41、43と反撃に出る。解説の石田秀芳二十四世本因坊は「あの冷静な河野さんが」と驚いた。
※終局までの棋譜と観戦記はテキストに掲載しています。
※肩書はテキスト掲載当時のものです。
■『NHK囲碁講座』2020年2月号より