冷害に苦しむ18世紀末の東北の村。凛は、先代の罪を背負い、村人から蔑まれながらも父と弟と共に生活している。
2023年6月30日より公開の映画『山女』。監督を務めたのは福永壮志(ふくなが たけし)だ。過去には西アフリカ・リベリアからニューヨークへ移住してきた男性の物語『リベリアの白い血』、北海道阿寒湖畔のアイヌの少年を主人公にした『アイヌモシㇼ』などを手がけてきた。人間と土地の関係性、人々のアイデンティティに関わる作品を作ってきた福永が、これまで映画作りとどのように向き合ってきたのか、そして最新作『山女』に込めた思いを聞いた。

『才能』の定義の狭さに息苦しさを感じた10代
北海道出身の福永は、大学進学を機にアメリカへと渡った。当時から映画監督になりたいという強い気持ちがあったわけではなく、日本における「普通」から逃れ、異国の地で自らの視野を広げることが目的だった。「日本では高校を卒業すると、何をやりたいかも分からないのにできるだけ『良い学校』に行って、できるだけ『良い会社』に就職して……という流れがあるじゃないですか。その流れに沿って頑張ろうという気が全く起きなかったんですよね。そういった日本の『普通』とか『こうじゃなきゃいけない』というものに馴染めない自分がいて。アメリカは多民族国家だから、日本よりいろんな価値観・考え方に触れられるだろうと思って行くことにしました」 大学入試がその後の進路を大きく左右する日本と異なり、アメリカでは自由度の高い転学や編入制度があるので、大学を変えたり専攻を変更したりする学生が多くいる。

日本にいる頃には映画を作る道に進むことは現実的ではないと思っていたが、アメリカに行ったことで視野が広がったという福永。渡米していなければ、本当に自分のやりたいことができなかったかもしれないと振り返る。「もちろんアメリカにも問題はたくさんありますが、自分はアメリカに行ったことでいろいろないい影響を受けました。学校でもどこでもみんなが自由に自己表現をしているので勇気付けられましたし、留学していなかったら映画作りを始められていたか分からないです」
北海道に生まれてもアイヌをよく知らなかった
大学卒業後、福永はアメリカの制作会社で数年働いたのち、フリーランスで主に映像編集の仕事をしながら自主映画を制作。長編映画1本目となる『リベリアの白い血』が2017年に、2本目の『アイヌモシㇼ』が2020年に公開された。

特に『アイヌモシㇼ』は、福永が再び日本に目を向けるきっかけとなった作品だ。
18世紀の日本から現代社会に通じる、苦しさと豊かさ

『アイヌモシㇼ』は公開までに5年をかけて作り上げられた作品だ。その間、福永は撮影のために半年近く日本に滞在した。一度外からの視点を得たうえで久しぶりの長期間の日本滞在を経て、より強く日本人とは何か?日本のアイデンティティとは何か?に関心を寄せるようになった。その結果、2019年より現在まで拠点を日本に移して活動している。「長い間海外にいると、日本の良い部分も悪い部分も、客観的に見られるようになりましたが、一方で、日本のことをまだまだ知らないなと気付きました。記事や本で読むのでは追いつかない部分もあって、実際に住んで日本を見直す必要があると思いました。それに、どこを拠点に何を作るとしても、自分のベースには日本があるんですよね。自分だからできる表現は何かを考えると、日本を外しては語れない。また日本から出るかもしれませんが、今は日本に住んで映画を作りたいと思うようになりました」 そんな福永が新たに制作した映画が、2023年6月公開の『山女』だ。舞台は18世紀末の東北の寒村。民俗学者・柳田国男の『遠野物語』に着想を得て、制作された。古来から通じる日本の村社会の残酷な面とともに、深く美しい自然と人間との関わりが描かれる。



「当事者」の声を世界に広げていくために
さまざまなテーマで作品を作ってきた福永だが、一貫して人間のルーツや、アイデンティティが作品の軸にあることが分かる。難しい環境かつ自分と異なる立ち位置にいる人々の姿を描くにあたってどんなことを意識しているのだろうか。「まず、当事者の声をできるだけ入れることを意識してますね。例えば、『リベリアの白い血』のときはもちろんキャストは現地の方にしたし、その人たちからの意見も取り入れました。『アイヌモシㇼ』のときもそうですね。

日本人や日本に関心が向いてきたという福永だが、その作品が届く先は日本に止まらない。最新作『山女』も、香港国際映画祭やカルロヴィ・ヴァリ国際映画祭など、海外の映画祭にも出品されている。世界に向けて作品を届けていくための工夫も抜け目ない。「英語でも脚本を書いて信頼できる海外の友達に感想をもらったり、ある程度編集がまとまったときに信頼できる監督やプロデューサーからフィードバックをもらうようにしています。予備知識がなくても、ちゃんと伝わるものをにしたいという思いがあるからです。一方で、本当にいいものができたときって、例え分からない部分があったとしてもいろんなボーダーを超えて広がっていきますよね。だから、こちらから歩み寄り過ぎるのもよくないなと思っています」

近年、福永は映画監督としてだけではなく、テレビドラマなど新たなジャンルの制作にも足を踏み入れている。今後どんな作品を作っていくのか楽しみだ。

『山女』
6/30(金)ユーロスペース、シネスイッチ銀座、7/1(土)銀座K’s cinemaほか全国順次公開
「遠野物語」に着想を得た、唯一無二の物語 いまを生きる私たちへ問いかける、本当の”人間らしさ”とはーー大飢饉に襲われた18世紀末の東北の寒村。先代の罪を負った家の娘・凛は、人々から蔑まれながらも逞しく生きている。ある日、父親・伊兵衛が村中を揺るがす事件を起こす。父の罪を被り、自ら村を去る凛。禁じられた山奥へ足を踏み入れたことから、凛の運命は大きく動き出す。本作は、柳田國男の名著「遠野物語」から着想を得たオリジナルストーリー。自然の前ではあまりにも無力な村社会、その閉鎖性と集団による同調圧力、身分や性別における格差、貧しい生活を支える信仰の敬虔さと危うさを浮き彫りにしながら、一人の女性が自らの意志で人生を選び取るまでを描く。自分らしく生きること、人間らしさとは、何なのか。凛の物語と彼女が下した決断は、時代を超えて、こだまとなって私たちの明日に響く。配給:アニモプロデュース|配給協力:FLICKK2022年/日本・アメリカ/98分/カラー/シネマスコープ/5.1ch©YAMAONNA FILM COMMITTEE

福永壮志
映画監督。1982年、北海道出身。2007年にニューヨーク市立大学ブルックリン校の映画学部を卒業。長編映画デビュー作『リベリアの白い血』(2017)が第65回ベルリン国際映画祭のパノラマ部門に正式出品されたほか、ロサンゼルス映画祭など多くの賞にノミネートされた。長編映画2作目の『アイヌモシㇼ』(2020)で、2020年トライベッカ映画祭のインターナショナル・ナラティブ・コンペティション部門に正式出品され、審査員特別賞を受賞。