一筋縄ではいかない!富士そば社長 丹道夫氏の人生列伝 第一回

一筋縄ではいかない!富士そば社長 丹道夫氏の人生列伝 第一回
↑筆者もよく利用する富士そば六本木店の店構え

関東を中心に90店舗以上を展開すう東の立ち食いそばチェーンの雄「名代 富士そば」。筆者の職場の近所にも、もちろんあって、時間が無いけどおそば(うどん)をすすりたいとき等に重宝している。

テレビマン(ウーマン)に限らず、時間の無い現代人の強い味方と言える富士そばだが、社長である丹道夫氏の経歴もかなりユニークだった。

丹道夫氏は愛媛県の出身。東京で成功する為、4回も上京している。
中学卒業後に高校に進学したが、「通学用の自転車がボロで、前に進むのもままならない」という理由から体力に限界を感じ、1学期で中退。その後、八百屋や油屋で働くが、これも長続きしなかった。

18歳で憧れを抱いて上京するも、頼りの就職先の面接を受けるも、その日のうちに落選の知らせが届き、すぐに帰郷。

3回目の、上京では、電車を乗り間違えて福島に着いてしまった。しかし、そのまま福島の工事現場で働きながら「男には学問が必要」と思い立ち、夜間高校に通った。

作業が終了したため再度上京し、印刷会社に就職した。東京の高校にも転校したが身体を壊してしまい愛媛に帰郷。アルバイトをしながら地元の夜間高校を卒業を目指す事に。
3度目の上京では、東京栄養食糧専門学校に入学。栄養士の免許を取得し、病院の栄養士に就職したが、父の病気で再び帰郷。愛媛では自宅で料理教室を開き生徒も集まっていたが、猛る男の心の勢いを静める事は出来なかった。
そして、26歳でついに4度目の上京を果たす。食品会社に勤めた後、知りあいとともに弁当屋を開業。順調に売り上げを伸ばした後、友人の誘いで不動産業に転職。そう、丹道夫氏が富士そばを開業するまでには、まだまだ波乱の人生列伝があるのだ。

(次回に続く)

(Written by まつおかりゅうじ)


 

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