「イギリス車のトライアンフ・ボンネビルを参考にした」と公言|1971年 ヤマハ XS1B Vol.2

「イギリス車のトライアンフ・ボンネビルを参考にした」と公言|1971年 ヤマハ XS1B Vol.2
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1970年代を迎えるころ、日本のバイクメーカーの目標は世界ナンバー1の巨大市場、アメリカで評価を得ることだった。
当時、アメリカ=世界の市場を席巻していたのは、イギリス車。イギリス車と言えば、650ccツインモデルが標準だったが、まずホンダが世界初の並列4気筒でアメリカに上陸。
そしてヤマハがとった道は、イギリス車と同じ650ccツインだった。

【1971年 ヤマハ XS1B Vol.2】

【1】から続く

 そしてヤマハは、初の4ストエンジン開発に際して、「イギリス車のトライアンフ・ボンネビルを参考にした」と公言している。もちろん、ヤマハが4ストエンジンに関して、技術やノウハウがまったくなかったわけではない。

【画像8枚】ドラム式の中でも最大の利きを発揮するツーリーディングドラムを採用するブレーキなど

 ヤマハとしては60年代中盤に、トヨタと2000GTのエンジンの共同開発を行った経験があり、プロトタイプレーシングカーのトヨタ7の設計、製造もヤマハが自社工場で担当した実績がある。しかし、4輪と2輪ではエンジン性質や構造も大きく異なるため、直接的な関連性は少なく、開発は困難を極めた。

 最初に完成したエンジンは、目標とする53 psに対し、15 psしか出すことができず、熱対策、耐久性向上のための対策や設計変更の連続。車体面でも、エンジンの振動対策や直進安定性確保のため、テストと対策を繰り返していった。
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