俺のクルマと、アイツのクルマ男にとって車は名刺代わり。だから、いい車に乗っている人に男は憧れる。
じゃあ“いい車”のいいって何だ? その実態を探るため「俺よりセンスいいよ、アイツ」という車好きを数珠つなぎに紹介してもらう企画。
■9人目■名取雅裕さん(49歳)大学卒業後、欧州自動車メーカーの日本法人を経て、現在も某欧州自動車メーカーの日本法人に勤務。セレクトショップ「US(アス)」のオーナーである
植村 肇さんからご紹介いただいた。
■トヨタ・タコマ■ トヨタが北米市場で販売しているピックアップトラック。日本では基本的に同じ車が「ハイラックス」という名称で販売されているが、フロントマスクなどの意匠や仕様、スペックが異なる。ボディバリエーションには2ドアと4ドアがあり、エンジンは2.7リッターと、4.0リッターを用意。
【写真14点】「男の“自己満”の象徴トヨタ・タコマ」の詳細写真をチェックアメリカのオヤジが乗り回すようなピックアップが欲しい
名取さんのタコマは、日本で売られているハイラックスと基本は同じ車なのだが、なぜか良い意味でチープに見える。「日本のハイラックスはもちろん、並行輸入で日本によく持ち込まれているタコマも、見た目や仕様が豪華な上級グレードのモデルばかり。バンパーがボディと同色だったり、メッキが使われていたりして、ちょっとラグジュアリーなんですよ」と名取さん。 一方、名取さんのタコマは黒のウレタンバンパーで、ボディ色もシンプルなホワイトだ。「自分の中で、タコマって働く車なんです。なので『アメリカで農業をしてるオヤジさんが乗り回すようなタコマ』がテーマ(笑)」。だから、今回は撮影のために洗車をしてもらったが、普段は基本、洗車はしない。
ピックアップであるタコマのSUV版、4ランナー(※タコマをベースにしたSUV。かつてはハイラックスサーフという名称で日本でも同様のSUVが販売されていた)にも見えるのが面白いと、荷台にシェルを被せているが「何も積んでないんです。だって働く車にキャンプ道具とか載ってたら変でしょ(笑)」。キャンプに行くことも「なくはない」が、あくまでも街乗り中心。東京・世田谷区の狭い道も「これならギリギリOKです」と、スーパーへもジム通いにも使っているという。
何も載っていないにも関わらず、まるで荷物が重くて荷台がリアが沈み込んでるかのように見えるのは、フロントが1インチ上がっているから。「アメリカでは砂漠をとにかく突っ走るレースがあるんですが、その際に障害物に車のフロントを引っかけたり、車の腹を擦らないようにフロントを少し上げてテイクオフ・スタイルにするって聞いたんですよ」。それを模したのだという。
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アメリカ市場向けの日本車を、そのまま日本で
学生時代の1980~90年代にアメリカンカルチャーの洗礼を受け、当時からピックアップトラックに乗りたいと思っていたが、「縁がなかった」という。中古車雑誌で見つけて店へ行ってみたら、ひと足先に売れていた。やっと見つけて契約書にサインをしようとしたら親に反対された(※未成年者がローンを組む場合、親の同意が必要)……etc. そうこうしているうちに家族を持つと、ファミリーカーにトラックはないなと思い、以降忘れていたが、40代も半ばを過ぎた頃からトラックへの思いが再燃、46歳でようやく人生初のピックアップトラックを手に入れた。タコマを選んだ理由は「日本で売っていない日本ブランドだから」。フォードやシボレーのピックアップではなく日本車というチョイス。
日本車なのに左ハンドルで、ランクルのピックアップとも違う。「USDMがいいんですよ」。USDMとはユナイテッド・ステイツ・ドメスティック・マーケットの頭文字をとったもの。直訳すればアメリカ国内市場。つまりアメリカで販売されている仕様の車に乗ることを意味し、カスタムカーのトレンドのひとつになっている。USDMが流行りだしたのは最近のことだが、実は名取さんは学生時代の頃から、つまりUSDMなんて言葉がなかった頃からこうした仕様にこだわっていた。先述の通り、ピックアップトラックには縁がなかったが、代わりに並行輸入の日産・クエストやスバル・アウトバック(※名取さんが購入した初代の日産・クエストは、当時北米を中心に売られていたミニバン。もちろん左ハンドル。スバル・アウトバックも北米仕様で同じく左ハンドル。当時日本ではまだアウトバックではなく「レガシィ グランドワゴン」として販売されていた)に乗っていた。アウトバックに至っては「一度事故で廃車になったんですが、同じ赤メタリック×グレーのツートーン仕様にもう1回どうしても乗りたくて、やっとの思いで見つけて買いました」というほどだ。
いつの間にか「こだわり」を見失っていた
こうした趣味の車をたびたび所有する一方で、家族ができてからは一般的な乗用車も持つようになった。最初に買ったのはメルセデス・ベンツのEクラスセダン、以降EクラスのワゴンやSクラス、ポルシェ・911(993型)など数多く乗り継いだあとに、現在はメルセデス・ベンツのGクラスを所有している。
いずれも運転するのは主に名取さんの家族。仕事が車関係ということもあり、自分の車以外にもたくさんの車に乗ったり、ヨーロッパの高級車やスーパースポーツカーを扱ったり、それらのオーナーとも数え切れないくらい車談義をするなど、車漬けの毎日を送っている。それだけ車に精通している人が、なぜ今タコマだったのか?「仕事の関係で、いわゆる高級車やスーパースポーツカーと呼ばれる類の車に乗る人ともお話しする機会があるのですが、次第に『どうも自分は少し違うな』と感じ始めたんです。確かに僕も以前ポルシェなどにも乗ってましたが、今思えばちょっと見栄を張っていたかなと」。「特に日本でも有数のコレクターの方に何度かお会いしましたが、そうした方々の博識や熱意を目の当たりにすると、満足する次元が違い過ぎて恥ずかしくなったんです」。だからといって、では彼らと同じようになりたいかというと、名取さんは思わなかったという。「僕のこだわりとは違うと思ったんです」。--{2/3}--
こだわりの原点は、アメリカンカルチャー
じゃあ、自分にとってのこだわりの車って何だろう? と立ち返って考えたときに気づいたのが、学生の頃に憧れたピックアップだったというのだ。当時はモトリー・クルー、ホワイトスネイク、シンデレラ……。深夜放送の番組から流れるアメリカのロックに夢中になった。アメフト部にも入ったし、ヒマさえあれば原宿や渋谷へ出かけてアメカジの服を探した、米軍基地のフレンドシップ・デーにもよく足を運んだ。車に興味を持つようになったそんな自分の原点を見つめ直してみると、学生時代に熱狂していたアメリカンカルチャーがあった。
あれだけ欲しくて、寝る間も惜しんで中古車情報誌を眺めたのに、たまたま縁がなく、何度もその手を滑り落ちていったピックアップ。「当時は見栄でも世間体でも自己顕示欲でもなく、若いなりに自分にこだわりを持って音楽やスポーツ、服や車にハマっていました。やっぱりそういうのがいいな、自分らしいこだわりを持って車に乗りたいな」と行き着いた先がタコマだった。「こだわりというか、結局は自己満足ですけどね(笑)」。名取さんは取材時に何度も“自己満足”という言葉を使っていた。けれど、自分が満足できないんじゃ、何のために車に乗るのだろう?人生80年だとすれば、折り返しともいえる40歳を超えた今、こだわりを持って生きていきたいと思うようになった名取さん。こだわりを突き詰めれば、他人とは違う色が出てくる。人生を折り返したらなおのこと、たとえ車であっても生半可な気持ちじゃなく本当に満足できるものを選ぶべきなんじゃないか。名取さんからそう教わったような気がする。前回の「俺のクルマと、アイツのクルマ」を見る
「70年代、西海岸の風が吹くから」15年経っても手放せないエルカミーノ鳥居健次郎=写真 籠島康弘=取材・文