何だか敷居が高くて、どこか遠く知らない場所の住人のように感じられがちな“アーティスト”という肩書き。だけど、そんなふうに呼ばれ、持てはやされる彼らもただの人間で、不遇の時代や多くの葛藤を乗り越えてその個性を世に示してきた。

アーロン・ローズに聞いた“美しき落ちこぼれ”たちの10年後【...の画像はこちら >>

『ビューティフル・ルーザーズ』は、かつての僕らにそれを教えてくれたドキュメンタリー映画だ。公開から約10年。そのムーブメントを起こした張本人、アーロン・ローズは仲間たちとともに再び日本にやってきた。彼が語る、90年代の仲間たちとの思い出と、今のこと。


名だたるアーティストたちが東京に集まった1週間

渋谷と原宿のちょうど間、平日の遊歩道。いつでも人が行き交っているエリアだけれど、この日の賑わいはちょっと異常だった。

アーロン・ローズに聞いた“美しき落ちこぼれ”たちの10年後【前編】
会場の周辺は人で溢れかえった。Photo by Delone Bone

黒山の人集りの中心にあるのはカルチャー好き御用達のブランド、RVCA(ルーカ)の旗艦店とその向かいにあるギャラリーで、展示されているのは映像から立体物、写真にコラージュまで、手法もテイストも異なる作品たち。

これらはすべて、2008年公開の映画『ビューティフル・ルーザーズ(BEAUTIFUL LOSERS)』ゆかりのアーティストが手掛けたもの。先日RVCAが開催した「RVCA WORLD TOUR TOKYO」の一環として行われたのが同作に再びフォーカスするという試みで、バリー・マッギー(BARRY MCGEE)にエド・テンプルトン(ED TEMPLETON)など、このイベントに際して来日したビッグネームたちをひと目見ようと、多くの人々が集まった結果がこの光景というワケだ。

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始まりは、アーロン・ローズが開いた小さなギャラリーだった

アーロン・ローズに聞いた“美しき落ちこぼれ”たちの10年後【前編】

そもそもこの作品は、キュレーターであり自らもアーティストとして活動していたアーロン・ローズが若き日に開いた、ニューヨークはイーストヴィレッジの小さなギャラリー「アレッジド ギャラリー」に出入りしていた、当時はまだ無名だったアーティストたちに焦点を当てたもの。

アーロン・ローズに聞いた“美しき落ちこぼれ”たちの10年後【前編】

アーロン・ローズに聞いた“美しき落ちこぼれ”たちの10年後【前編】

前述の面々以外にもスケート界の生ける伝説、マーク・ゴンザレス(MARK GONZALES)、ソニック・ユースの洗濯機のグラフィックをはじめ、名作アートワークを多数生み出してきたマイク・ミルズ(MIKE MILLS)、『KIDS』や『ガンモ』といった映画を手掛けたハーモニー・コリン(HARMONY KORINE)など、参加ラインナップの一部を見ただけでも、その豪華さに驚かされる。

『ビューティフル・ルーザーズ』の公開から11年、アレッジド ギャラリーがオープンしてからは27年が経った今、発起人のアーロン・ローズはゆっくりと口を開く。

アーロン・ローズに聞いた“美しき落ちこぼれ”たちの10年後【前編】
アーロン・ローズ●1990年代、ニューヨークに「アレッジド ギャラリー」を開き、インディーズのアートシーンを牽引。今ではトップアーティストとなったバリー・マッギーやカウズ、トーマス・キャンベルなどをフックアップした。現在はLAで家族と暮らしている。

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「夜中の2時にドアを開けたら、そこにジョニー・デップがいてさ(笑)」

—はじめまして、アーロン。

アーロン やあ、はじめまして!

—『ビューティフル・ルーザーズ』が公開された2008年当時、アーロンは何歳?

アーロン 今は50歳だから、当時は39歳。

もちろん映画のフィルムに映っている内容自体はもっと歴史が長いけどね。

—“ルーザーズ”、つまり落ちこぼれのはずが、今こうして集まっただけでも一流アーティストの同窓会みたいになってますね。この未来は予想できていた?

アーロン 映画が公開された頃にはもう、みんな有名になり始めてたよ。“ビューティフル・ルーザーズ”っていうネーミングにした理由はそれより20年くらい前にあって。アレッジドに関わってたみんなはまだ、アーティスト活動とは別に働いてて、彼らのやってることや創ってるものを好んでたのは一部のキッズたちだけ。出資ができるような大人たちには好まれてなかったんだ。

みんなメインストリームに逆らってたからね。

—でも、今ではそれがメインストリームに?

アーロン そうだね。だから、今振り返ると面白いよ。でも、僕の中でメインストリームに関しては昔からどこか不信感があって。トレンドじゃなくなったらもう終わりとみなされて、ゴミ箱に戻るっていうようなあり方にね。それは今も変わらない。

—アレッジド ギャラリーを始めた当時の思い出を教えてくれない?

アーロン いっぱいありすぎて言い尽くせないよ(笑)。あ、でも、面白いことを思い出した!

—なんですか?

アーロン 最初マンハッタンのロウワーイーストサイドにギャラリーを開いたとき、僕はそこに住んでもいたんだ。当時はドラッグがはびこっていた地域だったんだけど、ギャラリーの裏にベッドルームをつくってさ。で、ある晩、夜中の2時ぐらいかな? 誰かがドアをドンドン叩くんだよ。眠い目をこすってドアを開けたら、そこにジョニー・デップがいてさ。すごく慌てた様子だったんだけど、多分、何か探してたんだろうな。

ここなら手に入りそうだと思ったんじゃない?(笑) そのときは驚いたね。

アーロン・ローズに聞いた“美しき落ちこぼれ”たちの10年後【前編】

少しずつ話し始めてくれた、かつてのビューティフル・ルーザーズたちと、アレッジド ギャラリーの話。次回は、“世界的アーティストの知られざる下積み時代”について教えてもらう。

志賀俊祐=写真 多田小春=通訳 今野 壘=取材・文