看板娘という名の愉悦 Vol.30
好きな酒を置いている。食事がことごとく美味しい。

雰囲気が良くて落ち着く。行きつけの飲み屋を決める理由はさまざま。しかし、なかには店で働く「看板娘」目当てに通い詰めるパターンもある。もともと、当連載は酒を通して人を探求するドキュメンタリー。店主のセンスも色濃く反映される「看板娘」は、探求対象としてピッタリかもしれない。

吉祥寺「ハモニカ横丁」。

戦後の闇市をルーツとし、入り組んだ狭い路地の中に約100軒の飲食店が立ち並ぶ。

いつ訪れても大勢の酔客で賑わっており、この一画への出店は飲食店オーナーにとってひとつの勲章のようなものかもしれない。

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吉祥寺の立ち呑み屋で、アイルランド育ちの看板娘に後光が射した
看板娘の姿がちらっと見えた。

ハモニカ横丁は、ほとんどの店が開放的なオープンエア。横丁全体が大きな居酒屋といった風情だ。

さて、「立ち呑みばっかす」はフードもドリンクもオール500円(一部1000円)で、前金スタイルという潔い店。

吉祥寺の立ち呑み屋で、アイルランド育ちの看板娘に後光が射した
壁には見事な書が架かっていた。

500円とはいえ、フードメニューはかなりの本気度。

大いに趣向を凝らした「ザ・酒肴」揃いで、いわゆる「”しゅこう”祭り」だ。

吉祥寺の立ち呑み屋で、アイルランド育ちの看板娘に後光が射した
「全部ください」と言いたくなる。

まずは、お酒だ。看板娘にオススメのお酒を聞くと、「スペインのカヴァが美味しいですよ」。おお、いただきましょう。

いただきましょう。

吉祥寺の立ち呑み屋で、アイルランド育ちの看板娘に後光が射した
こちらが今回の看板娘。

都内の外国語大学に通う玲奈さん(20歳)。

日本人の父とアイルランド人の母の間に生まれ、12歳までアイルランドで育ったという。

「『普通』と『こぼれ』、どちらにしますか? 『普通』はいわゆる普通サイズで500円、『こぼれ』は日本酒みたいに注ぎこぼす感じで1000円です」

当然、こぼれさせてください。

吉祥寺の立ち呑み屋で、アイルランド育ちの看板娘に後光が射した
想像以上の”こぼれ”具合だった。

「値段は2倍だけど、量は2.5倍以上あるのでおトクなんですよ」

「大盤振る舞いですね」と賞賛すると、「?」という顔をしている。すぐに察して、「大盤振る舞い」の意味を説明した。

「いまだに英語より日本語のほうが苦手で。12歳で日本の中学に入ってからは、小学生向けの漢字ドリルから始めました。

ひらがなはアイルランドの日本人学校で習っていたんです」

吉祥寺の立ち呑み屋で、アイルランド育ちの看板娘に後光が射した
まるで真鍮のような神々しさ。

うーん、文句なく美味しい。そして、口開けのボトルの残量がかなり減っていますね。

吉祥寺の立ち呑み屋で、アイルランド育ちの看板娘に後光が射した
「これぐらい注ぎました!」とドヤ顔をキメる。

黄金のカヴァに合わせたのは、こちらも玲奈さんオススメの「ワインパン」。貴腐ワインとドライフルーツを練り込んだパンで、甘い貴腐ワインの香りが漂うという。

吉祥寺の立ち呑み屋で、アイルランド育ちの看板娘に後光が射した
こちらも美味しかった。

「私、パンが大好きなんです。それを知っている常連さんが、ちょくちょく差し入れしてくれるのが嬉しくて。

あ、こちらの方です」

吉祥寺の立ち呑み屋で、アイルランド育ちの看板娘に後光が射した
パンの紳士、登場。

自分もパンが好きなので、いろんなタイプのパンを買って差し入れているそうだ。看板娘の印象も聞いてみた。

「玲奈ちゃん? とにかく、明るいところがいいですね。でも、ファンが多いから混んでくると弾き飛ばされちゃう。あ、この子はラーメンも好きらしいよ」

玲奈さんいわく、「過去最高は替え玉6杯」というから人は見かけによらない。逆サイドの3人組にも先ほどの質問をした。

吉祥寺の立ち呑み屋で、アイルランド育ちの看板娘に後光が射した
職場の仲間だという。

コメントはそれぞれ、「ルックスが素晴らしい」「声もかわいい」「後光が差している」。そう、カヴァのボトルを持っている写真を撮ったときに、僕も「あ、後光が差している」と思ったのだ。

ちなみに、手前の男性は来週プロポーズする予定だそうで、「婚約指輪は必要か否か」という議論で盛り上がっていた。

話を振られた玲奈さんは、「私はできればほしいですね」。しかし、「60万円とか70万円とかするのに、数回しかはめないらしいよ」と反論されると、「あ、じゃあ結婚指輪だけでいいかも」とあっさり意見を撤回した。

ところで、彼女は「髪を短く切りすぎた」ことをいささか後悔していた。「自分でオーダーしたんですが、想像したのより短くなっちゃいました」。乙女心は繊細なのだ。

吉祥寺の立ち呑み屋で、アイルランド育ちの看板娘に後光が射した
「前はこれぐらいまであったんですよ」。

中学高校時代を暮らしたのは、お父さんの実家がある岡山県。従って、標準語より先に岡山弁を習得した。

「仲のいい友達と喋っているときは岡山弁が出ますね。『わやじゃが』とか。あ、『すごいじゃん』っていう意味です」

吉祥寺の立ち呑み屋で、アイルランド育ちの看板娘に後光が射した
4歳頃、岡山に帰省した際の写真。

さぞや、美味しかったんでしょうね。おにぎりのCMに起用したいぐらいの表情だ。

また、3歳からピアノを習い始め、日本に移住後は中学1年生からフルート、高校1年生からチェロ、さらに大学に入学してからギターを練習しているという。

吉祥寺の立ち呑み屋で、アイルランド育ちの看板娘に後光が射した
フルートとギター、同時に演奏できたらすごい。

聴く音楽は洋楽のみで、マルーン5やノラ・ジョーンズがお好きとのこと。

吉祥寺の立ち呑み屋で、アイルランド育ちの看板娘に後光が射した
とくに好きなのが、小学生の頃に流行ったこの曲。

じつは玲奈さん、飲食店のアルバイトは初めて。そのため、最初の頃はワインの開栓もおぼつかず、お客さんに開けてもらっていたという。

「このお店のお客さんは、みんなやさしくてフレンドリー。それまで、若干コミュ障気味だったんですが克服しました」

吉祥寺の立ち呑み屋で、アイルランド育ちの看板娘に後光が射した
今では慣れたもの。

ここで、面白いワインボトルが目に入った。ラベルには「SEIKEI ORIGINAL WINE」とある。店のオーナーが成蹊大学出身という縁で、成蹊学園のオリジナルワインを置いているそうだ。

こんな素敵な店を作ったオーナーに敬意を評して、お代わりはこれにしましょう。

吉祥寺の立ち呑み屋で、アイルランド育ちの看板娘に後光が射した
中身は山梨県勝沼町の白百合醸造の白ワイン。

「ワインとのマリアージュにBean to Bar Chocolateはいかがですか?」と玲奈さん。

吉祥寺の立ち呑み屋で、アイルランド育ちの看板娘に後光が射した
こちらである。

都内に何店舗か展開するチョコレート専門店、「Minimal」から仕入れたものだった。お値段はカカオ豆の産地ごとに500円か1000円。500円のほうを注文した。

吉祥寺の立ち呑み屋で、アイルランド育ちの看板娘に後光が射した
高級チョコなので量は控えめ。

少ないながらも、話を聞かせてくれた皆さんとひと口ずつシェアした。

さて、楽しい時間はあっという間に過ぎる。店のますますの繁盛とプロポーズの成功を祈りつつ、お会計。

最後に、玲奈さんからのメッセージをどうぞ。

吉祥寺の立ち呑み屋で、アイルランド育ちの看板娘に後光が射した
大学で専攻しているポルトガル語で「ポルトガルのワインは美味しいよ!!」。

【取材協力】
立ち呑みばっかす
住所:東京都武蔵野市吉祥寺本町1-1-8
www.facebook.com/kichijoji.standingbacchus/

石原たきび=取材・文