看板娘という名の愉悦 Vol.30
好きな酒を置いている。食事がことごとく美味しい。
吉祥寺「ハモニカ横丁」。
いつ訪れても大勢の酔客で賑わっており、この一画への出店は飲食店オーナーにとってひとつの勲章のようなものかもしれない。
ハモニカ横丁は、ほとんどの店が開放的なオープンエア。横丁全体が大きな居酒屋といった風情だ。
さて、「立ち呑みばっかす」はフードもドリンクもオール500円(一部1000円)で、前金スタイルという潔い店。
500円とはいえ、フードメニューはかなりの本気度。
まずは、お酒だ。看板娘にオススメのお酒を聞くと、「スペインのカヴァが美味しいですよ」。おお、いただきましょう。
いただきましょう。
都内の外国語大学に通う玲奈さん(20歳)。
「『普通』と『こぼれ』、どちらにしますか? 『普通』はいわゆる普通サイズで500円、『こぼれ』は日本酒みたいに注ぎこぼす感じで1000円です」
当然、こぼれさせてください。
「値段は2倍だけど、量は2.5倍以上あるのでおトクなんですよ」
「大盤振る舞いですね」と賞賛すると、「?」という顔をしている。すぐに察して、「大盤振る舞い」の意味を説明した。
「いまだに英語より日本語のほうが苦手で。12歳で日本の中学に入ってからは、小学生向けの漢字ドリルから始めました。
うーん、文句なく美味しい。そして、口開けのボトルの残量がかなり減っていますね。
黄金のカヴァに合わせたのは、こちらも玲奈さんオススメの「ワインパン」。貴腐ワインとドライフルーツを練り込んだパンで、甘い貴腐ワインの香りが漂うという。
「私、パンが大好きなんです。それを知っている常連さんが、ちょくちょく差し入れしてくれるのが嬉しくて。
自分もパンが好きなので、いろんなタイプのパンを買って差し入れているそうだ。看板娘の印象も聞いてみた。
「玲奈ちゃん? とにかく、明るいところがいいですね。でも、ファンが多いから混んでくると弾き飛ばされちゃう。あ、この子はラーメンも好きらしいよ」
玲奈さんいわく、「過去最高は替え玉6杯」というから人は見かけによらない。逆サイドの3人組にも先ほどの質問をした。
コメントはそれぞれ、「ルックスが素晴らしい」「声もかわいい」「後光が差している」。そう、カヴァのボトルを持っている写真を撮ったときに、僕も「あ、後光が差している」と思ったのだ。
ちなみに、手前の男性は来週プロポーズする予定だそうで、「婚約指輪は必要か否か」という議論で盛り上がっていた。
話を振られた玲奈さんは、「私はできればほしいですね」。しかし、「60万円とか70万円とかするのに、数回しかはめないらしいよ」と反論されると、「あ、じゃあ結婚指輪だけでいいかも」とあっさり意見を撤回した。
ところで、彼女は「髪を短く切りすぎた」ことをいささか後悔していた。「自分でオーダーしたんですが、想像したのより短くなっちゃいました」。乙女心は繊細なのだ。
中学高校時代を暮らしたのは、お父さんの実家がある岡山県。従って、標準語より先に岡山弁を習得した。
「仲のいい友達と喋っているときは岡山弁が出ますね。『わやじゃが』とか。あ、『すごいじゃん』っていう意味です」
さぞや、美味しかったんでしょうね。おにぎりのCMに起用したいぐらいの表情だ。
また、3歳からピアノを習い始め、日本に移住後は中学1年生からフルート、高校1年生からチェロ、さらに大学に入学してからギターを練習しているという。
聴く音楽は洋楽のみで、マルーン5やノラ・ジョーンズがお好きとのこと。
じつは玲奈さん、飲食店のアルバイトは初めて。そのため、最初の頃はワインの開栓もおぼつかず、お客さんに開けてもらっていたという。
「このお店のお客さんは、みんなやさしくてフレンドリー。それまで、若干コミュ障気味だったんですが克服しました」
ここで、面白いワインボトルが目に入った。ラベルには「SEIKEI ORIGINAL WINE」とある。店のオーナーが成蹊大学出身という縁で、成蹊学園のオリジナルワインを置いているそうだ。
こんな素敵な店を作ったオーナーに敬意を評して、お代わりはこれにしましょう。
「ワインとのマリアージュにBean to Bar Chocolateはいかがですか?」と玲奈さん。
都内に何店舗か展開するチョコレート専門店、「Minimal」から仕入れたものだった。お値段はカカオ豆の産地ごとに500円か1000円。500円のほうを注文した。
少ないながらも、話を聞かせてくれた皆さんとひと口ずつシェアした。
さて、楽しい時間はあっという間に過ぎる。店のますますの繁盛とプロポーズの成功を祈りつつ、お会計。
最後に、玲奈さんからのメッセージをどうぞ。
【取材協力】
立ち呑みばっかす
住所:東京都武蔵野市吉祥寺本町1-1-8
www.facebook.com/kichijoji.standingbacchus/
石原たきび=取材・文