その中でもダントツに美しく新品以上のDSに乗るパスツール氏 (Mr.Pásztor Tamás)
「じゃあDSでドライブしよう」と言って会場に展示してあったDSに乗ってハンガロリンクの会場を走ってくれた。ちなみに、このDSは奥様の車だそうだ。せっかくなのでもっとパストール氏の話を聞きたくなって、彼のショップをお邪魔することにした。
パストール氏のショップは想像以上に大きかった。というのはハンガリーという国でそれほどシトロエンやプジョーが大きく展開していないと思ったこと、また通りすがる他のディーラーの規模が小さかったことからそう感じたのである。
1995年彼が25才の時に正規のシトロエンディーラーを始めたパストール氏。世界でも最年少の正規ディーラーだったという。ではなぜ、ハンガリーという土地でシトロエンなのか?パストール氏の一家はおじいさんの代からメカニックであった。第二次大戦後、品不足の中、手元にある車を切って繋いで荷物を運ぶ車両に改造したりしていた。
パスツール氏のオフィスには彼自身が参加したレースやラリー、コンクールデレガンスのトロフィーや記念品が飾られている。
ハンガリーの歴史を見るとオスマン・トルコ帝国に占領されたり、ハンガリー帝国に併合されていた占領の歴史を歩んできている。独立して間もなく、第一次大戦で国土の1/3を失い、第二次大戦後はソ連の侵攻による衛星国となった。
それでもパスツール氏の家族がフランス車にこだわったのは自由への憧れ、共産主義に対するささやかな抵抗だったのである。パスツール氏が初めて手にしたミニカーはその昔の写真で本人も後で気がついたのだがDSのミニカーを握っていたのだ。このときにすでに彼の人生は決定づけられていたのかもしれない。
正規ディーラとなったパスツール氏は個人的にDS 24を入手した。
そこで、お隣のオーストリアを走り回って解体業者や時には路上に放置されていたシトロエンからパーツを集めていった。それを聞きつけたシトロエン・ファンが彼のショップにいつしか集まり始めた。
今年100周年を迎えたのはシトロエンだけで無くベントレーもだ。レストア中のベントレー4 1/2リッター。
この建物の中を覗かして貰うとレストアを待つ車両、本業の新車を扱うスペースとは別に整備工場が設置されている。ここには板金も出来、塗装ブースもある。
パスツール氏はメカニック出身。だからちょっと変わり種が入ってくるとワクワクするようだ。今取りかかっているのがシトロエンのロータリーエンジン車のGS ビロトール。生産台数はそれなりにあったが、メーカーが廃棄処分にしてしまった不運な車両だけあってパーツなども入手しにくい。そんなことからフランス本国から依頼のあった車両だ。いまはこれに頭を悩ましつつ、それを楽しんでいるという。
家族の関わっていたフランス車の写真をちりばめた壁。その前にたつパスツール氏。
現行車のシトロエンの販売は好調。ハンガリーでは子供が3人以上の家族には、新車購入時には約100万円ほどの補助が国から出る。そのため5人家族がゆったり乗れる大柄なC5 AIRCROSSや、GRAND C4 SPACETOURERが人気車種のようだ。
抑圧される中で自由の象徴としてのシトロエンを選んだハンガリー人。それを暗い過去では無く今でも楽しい思い出として車のビジネスと趣味を両立させているのが今回出会えたパストール氏だ。もちろんパストール氏の人柄がそうさせているのだろうけど、シトロエンの持つ計り知れない魅力もその一つなのかもしれない。