【森田のりえ通信員】日系市民同盟ロサンゼルス・ダウンタウン支部と南加日系婦人会が選ぶ2026年「ウィメン・オブ・ザ・イヤー」3人のうちの1人に、県出身の山内繁子さんが輝いた。表彰昼食会が3日、米モンテベロ市の宴会場で開かれ、家族や友人ら約400人が駆け付け受賞者を祝福した。
山内さんは「夫が亡くなった後、4人の子どもたちが立派に育ったことは地域社会の皆さんのおかげ。その恩返しをしたいと思ってやってきたことが、このような形で認められ光栄に思う」と喜びをかみ締めた。
 山内さんは1938年、現在の南城市生まれ。看護学校などを出て看護師として働いた後、東京大学医学部付属助産婦学校で学んで助産師の免許を取得。助産師として約260人の出産に立ち会ったという。
 32歳だった70年、ハワイ出身の2世昌吉さんと結婚するため渡米。59歳の時、交通事故が原因で昌吉さんを失う困難もあったが、日系人医師のクリニックに勤めるなどして4人の子どもを育てた。子どもたちは今、それぞれ専門職に就いている。
 約30年間、北米沖縄県人会に所属し、理事や婦人部長などを歴任。「カジマヤー・シニア・クラブ」の会長、県の親善大使などを担い、医療職の知識を生かし救護ボランティアにも取り組んだ。「世界のウチナーンチュ大会」で帰郷した際は、出身地の南城市大里当間で講話し、逆境を乗り越え切り開いた自らの歩みを振り返った。
 踊りや音楽を通じた沖縄文化の継承にも力を尽くし、琉球舞踊の真境名本流愛元の会の一員で各種イベントに出演。
琉球筝曲興陽会ロサンゼルス支部、日系女声合唱団「さくらコーラス」のメンバーとして活躍してきた。明るくウイットに富んだ性格で、山内さんの周りはいつも笑いが絶えない。家庭菜園の野菜や花を分け与えることでも親しまれている。
 ウィメン・オブ・ザ・イヤーは地域社会や日本文化の発展に貢献した個人などに贈られる。
 表彰昼食会で家族や多くの友人らに囲まれた山内さんは「今日は子や孫たちも会場に駆け付け、ともに祝ってくれた。これまで支えてくれた皆さまに改めて感謝したい」と語った。
(写図説明)家族に囲まれ笑顔を見せる山内繁子さん(手前)
(写図説明)出身地の南城市大里当間に里帰りした際、知人と近況を報告し合う山内繁子さん(左)=2016年11月
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@米国 地域社会貢献 山内さん表彰 ウィメン・オブ・ザ・イヤー 恩返しに評価「光栄」 [ワールド通信員ネット]
出身地の南城市大里当間に里帰りした際、知人と近況を報告し合う山内繁子さん(左)=2016年11月
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