名うてのミュージシャンが認める才能
武田真治と言うと何を思い浮かべるであろうか。今は多くの人が“筋肉”となるのだろう。それほどに『みんなで筋肉体操』のインパクトは強かったし、その体裁で出演した『NHK紅白歌合戦』での熱演(?)も大きな話題であった。『第2回ジュノン・スーパーボーイ・コンテスト』でグランプリを受賞し芸能界入りし、身体にピタッとはり付くほどのシェイプなTシャツ、いわゆる“ピチT”などファッションで、いしだ壱成と並んで“フェミ男”と称されていたデビュー時のイメージが鮮烈すぎたのかもしれない。
サックスプレイヤーとしてのイメージとなると、一般的には筋肉、タレント・俳優の次くらいだろうか。この度リリースされた新作『BREATH OF LIFE』はソロアルバムとして24年振りの作品だというから、もしかすると、彼がサックス奏者であることを知らない人がいても何らおかしくない。
個人的にサックスプレイヤーとしての武田真治のすごさを目の当たりしたのは、彼が司会を務めていたNHKのトーク番組『トップランナー』である。忘れもしない2003年9月4日、THEE MICHELLE GUN ELEPHANTがゲストの回だ。まぁ、さすがに日付は完全に忘れていたからさっきググったのだけれども、その内容はよく覚えている。アベフトシが『ゴッドファーザー』のことを完璧な映画だと言っていたとか、キューちゃんが高田みづえを聴いていたとか、普段はあまり耳にしないようなエピソードも楽しく見聞きしたのだが、何よりも番組後半でのスタジオライヴが良かった。「デッドマンズ・ギャラクシー・デイズ」「ブラック・ラブ・ホール」「リボルバー・ジャンキーズ」とTMGEのナンバーを演奏。オンエア日が、TMGEが解散を発表した数日後であったので、どこか感慨深くその演奏を見つめていた記憶があるが、最後に披露された武田真治を呼び込んでのセッションがこれまた良かった。
本格派アーティストたちが参加
武田真治の1stアルバム『S』がリリースされたのは前述の通り1995年。
まず、サックスプレイヤーとしてのアルバムだということ。
プロデューサーは元チェッカーズのギタリスト、武内 享。武田とともにアレンジをしている他、収録曲の作曲も手掛け、もちろんほとんどのギターは氏が弾いている。シングルにもなったM1「Blow Up」での中盤で妙に響くギターソロ、ファンキーなM8「TETROMECCA」で聴かせるカッティング、宅録(※おそらく外で録っているのでそう呼ぶのもどうかと思うが、スタジオで録ってないという意味で便宜的に宅録と言う)M11「バハマの2人」でのアコギと、氏のギターもバラエティーなサウンドのひと役を担っているのは間違いない。参加ミュージシャンも豪華だが、浮付いた感じが一切ない。まずは東京スカパラダイスオーケストラ。M1「Blow Up」やM10「サファィアを手に入れろ」で冷牟田竜之(現在は脱退)、GAMO、谷中 敦、北原雅彦、NARGOらが参加している他、M5「恋をしようよ」でNARGOが、M6「MOTOR WAY」で冷牟田、沖 祐市がそれぞれ花を添えている。M1、M10で聴かせるスリリングでありながらもしっかりポップなホーンセクションはいかにもスカパラ的で、さすがのひと言であるけれども、奥ゆかしいと言うと変だが、これが武田真治のソロアルバムであることを忘れることなく、しっかりとサポートしている印象が強い。スカパラ・ホーンズの音色と武田の音色の違いがはっきりと認識できる。主旋律が武田で、その周囲のメロディーをスカパラが担当しているという、如何ともし難い構成上のことは当然あるにしても、聴いていると“あっ、これは武田が吹いているな”というのがアリアリと分かるのである。
歌はほとんどないと書いたが、歌があるのは11曲中3曲。M3「YOU AND ME MAKE LOVE」、M6「MOTOR WAY」、M9「FREE YOUR SOUL」がそれである。リードヴォーカルはそれぞれLoleatta Holloway、MOTSU&Yoshiko Takahashi、Carolyn Hardingが担当している。Loleatta Hollowayは“ディスコの女王”とも称されたゴスペル/ソウル・シンガー。そして、Carolyn Hardingはニューヨークで活躍した実力派ディーバである。女性ヴォーカルをフィーチャーするのであれば、武田真治と同じ事務所にいくらでもアイドルや俳優はいただろうに、本格派も本格派を起用するところに作品作りにおける彼の本気度がうかがえるというものだ。実際、キラキラとしたディスコティックなサウンドで迫るM3、日本ではまだコンテポラリーR&Bが一般化する以前にそのサウンドをいち早く取り入れていたと言えるM9は、それぞれにシンガーに対する確かな敬意が感じられる。ちなみに、M6のMOTSUは現在キング・クリームソーダで活躍するゲラッパーのことで、当時はMORE DEEPにて活動していたその人のことであろう。Yoshiko Takahashiは“たぶんあの女性シンガーではなかろうか?”と思う人物が頭に浮かんでいるが、ここにそれを書いてしまって間違うと各方面に迷惑をかけてしまうと思うので、この辺にしておく。気になった人は調べてみてはどうだろうか。
いち早く時代の要請に答えた嗅覚
M7「Seen 37」も注目である。作曲は高木 完。もちろんアレンジにも彼が参加しているし、この楽曲においてはほぼプロデューサー的な立場で臨んでいると言っていいだろう。何とも形容し難いスペイシーなサウンドをバックに(※強いて言えば、坂本龍一の「千のナイフ Thousand Knives」っぽい雰囲気)、武田のサックスをはじめ、さまざまなサウンドが鳴っていくという構成。オリジナリティーあふれるサウンドメイキングは、日本のヒップホップ黎明期より活動を続ける高木 完ならではのものであろう。武田のサックスも他楽曲に比べて堂々としている印象もあるが、その辺は高木氏の手腕によるところもあるかもしれない。楽曲もさることながら、この時点で彼を招いたこと自体も注目に値するのではなかろうか。リリースされた1995年と言えば、EAST END×YURIが2ndシングル「MAICCA -まいっか-」が発売された年で、その前年には「DA.YO.NE」、そしてスチャダラパーと小沢健二のシングル「今夜はブギー・バック」が発表されている。日本のヒップホップがメジャーになってきた、まさにその時である。そこで高木 完を招くというのは、機を見るに敏だったというか、彼のアーティストとしての嗅覚が確かな証拠だったと言える。RIP SLYMEがインディーズデビューし、キングギドラがアルバム『空からの力』でデビューした1995年に、アルバム『S』が発表されたというのは偶然ではなく、武田真治が時代の要請に答えた結果だったとも言えまいか。
さて、アルバム『S』の概要を主に参加ミュージシャンから解説してみたが、何よりも大切なのは、そのサウンドの中心にいる武田真治の存在感である。最後にそこを推し、強調しておきたい。正直言って、若干粗いと思う演奏がなくはないけれども(※収録したのが22歳頃だと考えれば、その辺は目をつぶってもいいと思うが)、どのテイクにおいても実に生々しい音を聴くことができる。これはサックスに限らず管楽器の特徴であろうが、人が直接息を吹き込んで鳴らす楽器なだけあって、感情が生々しく出て、プレイヤーの人となりが露わになるとはよく言われる。『S』収録曲にもそれがある。M2「Froggy!」では不良っぽいカッコ良さ。M5「恋をしようよ」ではスウィートな印象。M9「FREE YOUR SOUL」ではアーバンでセクシーな雰囲気。まだまだあるが、当時の武田真治のタレントイメージを損ねることなく、しっかりと人間味が伝わってくるプレイを聴くことができる。変則的な演奏は少なく、概ねポップであるところにも好感が持てるところだ。[中学時代から熱心に練習を重ね、将来はサックスプレイヤーになることを夢見ていた]といい、[ジュノン・スーパーボーイ・コンテストに応募した動機も、俳優やタレントを目指してのことではなく、サックス奏者としてデビューの足掛かりになると思ったためと明らかにしている]そうで(※[]はWikipediaからの引用)、『S』から聴こえてくるサックスの音色にはそうした積年の想いが詰まっているようでもある。
TEXT:帆苅智之
アルバム『S』
1995年発表作品
<収録曲>
1.Blow Up
2.Froggy!
3.YOU AND ME MAKE LOVE
4.FAT RAT STRUT
6.MOTOR WAY
7.Seen 37
8.TETROMECCA
9.FREE YOUR SOUL
10.サファィアを手に入れろ
11.バハマの2人