プロコル・ハルムにとって「青い影(原題:A Whiter Shade of Pale)」のヒットはバンドに何をもたらしたのだろう。バンドのデビュー作とも言えるこの曲(最初はシングル盤のみ。後にアルバム収録)が1967年5月に発売されると、わずか2週間で40万枚近くを売り上げ、イギリスのヒットチャートで6週連続1位を獲得するという、ビートルズでもできないような離れ業をやってのける。
ここでは、この曲についてふれるのは目的ではないので、「青い影」についてはまた別の機会に。ただ、この曲は発表から55年を経た現在でもまれにオンエアされるし、“60年代ポップコレクション”的な編集盤に決まって収録されたりして、要するに未だに売れているわけである。驚くべきことであると同時に、素晴らしいことだと思うべきだろう。一般的に、少々イージーリスニング、ムード音楽のように扱われていることは大いに不満ではあるのだが。
本題はここから。
プロコル・ハルム(Procol Harum)
バンドはピアノ、ヴォーカルのゲイリー・ブルッカー、オルガンのマシュー・フィッシャー、ベースのデイヴィッド・ナイツ、詩人のキース・リードらを中心に1966年頃に結成されている。メンバーチェンジの激しいバンドで、シングル「青い影」でレコードデビュー後、早くもギターがロビン・トロワーに、ドラムのB.J.ウィルソンを正式メンバーに迎え、デビューアルバムはこのメンバーで制作されている。バンドの作風はゲイリー・ブルッカーのブルージーなヴォーカルとピアノ、オルガンを効果的に使ったクラシカルなサウンド、そこにエッジの効いたギターが絡むというスタイルだろうか。また、演奏には参加しないものの、全ての楽曲の歌詞を担当する詩人がメンバーであるという点は当時も今も異色であると言える。同様にバンドメンバーに詩人がいるという例では、初期のキング・クリムゾンのピート・シンフィールドぐらいだろう。
バンドリーダーのゲイリー・ブルッカーはプロコル・ハルムを結成する以前はパラマウンツというR&Bバンドを率いていた。あまり語られていないが、彼は英国を代表するブルー・アイド・ソウル・シンガー(青い目の、つまり白人のソウル歌手という意味)のひとりだと思う。これほど、こぶしを効いた、熱く歌い上げられる人を同時代のロック界で探すとなると、ヴァン・モリスン、スティーブ・ウィンウッド、エリック・バードンくらいだろう。そんな喉を持ちながら、ブルッカーのもうひとつの音楽の嗜好というのがクラシックミュージック。
野心作、そして傑作 『ソルティ・ドッグ』が生まれる。
彼らがデビューした1967年頃のロックシーンを振り返ってみれば、サイケデリックの只中にあった。ビートルズはあの『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』を発表し、渡英していたジミ・ヘンドリックスもレコード・デビューし、世界的に彼の名を知らしめる『モンタレー・ポップ・フェスティバル』に出演するなど、ロックシーンの勢力図を変えつつあった。シド・バレット擁するピンク・フロイドは『夜明けの口笛吹き(原題:The Piper at the Gates of Dawn)』を発表し、アートロック、プログレッシブロックと呼ばれるバンドの旗手となる。アメリカではフランク・ザッパがマザーズ・オブ・インヴェンションを率い、『フリーク・アウト!』でデビューしている。
2作目となる『月の光(原題:Shine On Brightly)』(’68)から、彼らはバンドのコンセプトを形にしていく。そこにはシングル向きの曲がまったく含まれていないばかりか、1曲17分にもおよぶ組曲風の作品が含まれるなど、バンドが「青い影」から次の路線に踏み出していることを示す内容だった。
閑話休題 アビーロードでの レコーディング
余談というか、少し話が逸れるが、先ごろネット配信され、その生々しいバンド内外の赤裸々な人間関係まで露わにしたビートルズのドキュメンタリー『Get Back』をご覧になった方も多いかと思う。あの混乱に満ちたセッションは何カ所か場所を変え仕切り直しをする。それでもアルバム制作は頓挫し、『レット・イット・ビー』は一時お蔵入りとなり、新たに4人はラストレコーディングとなる『アビイ・ロード』に取り掛かるのだ。それは1969年の1969年2月22日から8月18日まで断続的に行なわれたことになっている。
驚くべきことに、プロコル・ハルムの『ソルティ・ドッグ』は時を同じくして(3月~)、しかもビートルズと同じEMI-アビーロードスタジオで録音をスタートしているのである。もちろん、スタジオの部屋は違うのだと思うが、それでも廊下や洗面所、他で4人とすれ違ったり、一緒になったことがあるのではないか。ジョン・レノンなどは1967年当時、発売されたヒット曲の中でも群を抜く傑作だと「青い影」を誉めていたという。スタジオでもしブルッカーたちと出会っていたら「やあ、君たちかい、あれを作ったのは」と、そんな声掛けシーンを想像してしまうではないか。そして、メンバーたちは混迷を極め、意地を張り合い、それでも次々と傑作を生む、あの4人の姿を目にしたかもしれない。いや実際、出会いはあったのだと思う。
ゲイリー・ブルッカーはビートルズ解散後、ジョージ・ハリスンのあの大傑作『オール・シングス・マスト・パス』のレコーディングセッションに呼ばれている。アビーロード・スタジオで知り合ったのではないだろうか。また、4作目以降、クリス・トーマスがプロコル・ハルムのプロデュースを担当するようになる。トーマスは1969年当時、アビーロード・スタジオでジョージ・マーティンのアシスタントプロデューサーを務めていたのだ。
それ以上に、アビーロード・スタジオを使うということに、何かブルッカーやフィッシャーたちの並々ならぬ決意のようなものを感じてしまうのは考えすぎだろうか。何と言ってもあのビートルズの牙城とも言うべき、特別なスタジオなのだから。
※アビーロード・スタジオはビートルズらが利用する以前は主にクラシックのレコーディングに使われることが多かったそうである。
3月にスタートしたレコーディングをブルッカーたちは短期で終えると、早くもアルバムは5月にリリースされる。異例の早さと言える。既に別のスタジオで大枠は仕上げ、最終をアビーロードで、という流れだったのか、詳細は明らかになっていない。いずれにせよ、前作同様、このアルバムでも大々的にストリングスを導入し、そのオーケストレーション(オケ・アレンジ)はブルッカーとフィッシャーが担当している。楽曲の質は粒ぞろい。ロックバンド然としたアグレッシヴな演奏がある一方、アコースティックな曲、ブルース・ベースの曲、クラシカルな美しいメロディーの曲など、メリハリのある構成も見事だ。エンディングの「巡礼者の道(原題:Pilgrim’s Progress)」は、「青い影」を連想させる曲で、フィッシャーのオルガンが美しい。
持ち味というのか、このアルバムに限らず、彼らのどの曲からも、いかにも英国らしい哀愁が漂って来るところには感心させられる。それを生み出す巧みなソングライティング、アレンジ力はもっと評価されていいし、憂いを掻き立てるブルッカーの歌唱の見事さはぜひ多くに知られてほしいところだ。
また、作風などから、彼らもプログレッシブロックの枠に入れられたりする。だが、同時代のそれらのバンドと異なり、彼らは70年代に入ってもいわゆるシンセの類を一切使わないところなど、サウンドへのこだわりがあったのだと思う。キングクリムゾンやイエスといったプログレの人気バンドがストリングス効果をシンセやメロトロンといったキーボードに頼ったのに対し、彼らはオーケストラを使うことをためらわなかった。シンセのような安っぽい音に頼っていられるか、と思ったのかもしれない。それを可能にしたのも、冒頭で触れた、「青い影」による収入があったからではないか?
この後、彼らはカナダの交響楽団と共演した『プロコル・ハルム・ライヴ ~イン・コンサート・ウィズ・ザ・エドモントン・シンフォニー・オーケストラ』(’72)など発表する。ハードロックバンドのディープ・パープルに似たようなオーケストラとの共演作があるが、この種の試みの中ではプロコル・ハルムのアルバムは秀作とされている。ひとえにブルッカーの曲の良さとオーケストレーションの才による成果だろう。
TEXT:片山 明
アルバム『A Salty Dog』
1969年発表作品
<収録曲>
1. ソルティ・ドッグ/A Salty Dog
2. 自然への愛/The Milk of Human Kindness
3. トゥー・マッチ/Too Much Between Us
4. カンサスからやってきた悪魔/The Devil Came from Kansas
5. ボーダム/Boredom
6. ジューシー・ジョン・ピンク/Juicy John Pink
7. 宵の明星/Wreck of the Hesperus
8. 果てしなき希望/All This and More
9. 十字架への流れ/Crucifiction Lane
10. 巡礼者の道/Pilgrim's Progress
~ボーナストラック~
11. ロング・ゴーン・ジーク/Long Gone Geek
12. 果てしなき希望(テイク1)/All This and More(Take 1)
13. 自然への愛(テイク1)/The Milk of Human Kindness(Take 1)
14. 巡礼者の道(テイク1)/Pilgrim's Progress(Take 1)
15, マクレガー/McGregor
16. スティル・ゼアル・ビー・モア(テイク8)/Still There'll Be More(Take 8)