1月28日はローザ・ルクセンブルグ、BO GUMBOSで活躍した不世出のアーティスト、どんとの命日。両バンドとも、過去に当コラムで取り上げたので、今回はのちにどんとの伴侶となるZELDAの小嶋さちほらと結成した海の幸の1stアルバム『熱帯の友情』を紹介する。
フリーコンサートでシークレットライヴを行なう予定だったプロジェクトが、メンバーで音を出すことが余程楽しかったことから、バリ島でレコーディングすることになったという本作。このメンバーならではのテンションとバリ島の空気感がマッチした、楽しく心地良いロックアルバムだ。

参加メンバーが個性を発揮

優れたアーティストというのは、常に新しきものを直感的に創り出し、それが優れた作品となる。海の幸の『熱帯の友情』を聴いて、そんなことを感じた。新しきもの≒未知のものを求める好奇心は音楽家以外のアーティストにも見られるものだろうが、時間芸術である音楽は他のアート以上に直感的な創造力が必要なのかもしれない。そんな風にも思った。
何を以てそう感じ思ったのか。まずは本作収録曲を解説してみよう。大掴みにザっと解説するだけなので、斜め読みで構わないので、お付き合いいだきたい。

M1「バリ島で見たニューオリンズの夢(イントロ)」はタイトル通り、イントロダクションで、ラストM9が本編(?)なので、説明はそちらで行なうとして、M2「果物売りのババーのうた」から行く。冒頭から鳴るゴン(ガムラン)、ティンクリック(竹琴)の音色が否応にもバリ島レコーディング作品を感じさせるところだ。作詞作曲はZELDAの小嶋さちほ。
歌も彼女がメインを取っている。彼女の歌は独特のニューウェイブ感があるというか、ものすごく上手いとかパフォーマンスに優れているという代物ではないけれど、それゆえにどことなく神秘性もあって、無国籍感を強くしているように思う。楽曲自体はポップでありつつも比較的淡々と進んで行きながら、中盤、BO GUMBOSのどんどによる《なに言っての~ このこは~》のシャウトでアップテンポに転調。ガチャガチャとした間奏が繰り広げられる。で、再び歌に戻り、また転調する。南国の民謡をモチーフにしたポップチューンが、ニューウェイブ調にコロコロと変わっていく様子が面白い。
ガムランを使用しつつも、ギター、ベース、ドラムとベーシックな演奏はロックバンド編成で担っているのはこのプロジェクトのメンバーを考えれば当然なことながら、エッジーでビートの効いたサウンドであっても変な角がないところは注目ポイントだと思う。聴いていて妙な安心感があると言ったらいいだろうか。転調以降は突飛な印象もあるにはあるが、わりとすんなり聴けるのはバンドサウンドが土台にあるからではなかろうか。

M3「ちばらやーさい」は久保田麻琴と夕焼け楽団~サンディー&ザ・サンセッツのギタリスト、井上ケン一の作詞作曲のナンバー。メインヴォーカルも同氏が務めている。誰からのくしゃみから始まることが楽曲全体を象徴しているかのように、実にリラックスした雰囲気が伝わってくる“うちなー”ポップである。
BO GUMBOSのKYONが弾く蛇皮線、小嶋とZELDAでの盟友、高橋サヨコとによるお囃子が、琉球民謡、琉球歌謡のマナーに則りつつも、井上の鳴らすギターは実にロック的。ドシッとしたエレキギターならではの音を響かせる。それでいて楽曲全体の琉球らしさを損なうところがないのは流石と言えるだろう。間奏でのソロは完全に聴きどころだ。ドシッとした…と言えば、夕焼け楽団~サンセッツでの井上の盟友、井ノ浦英雄のドラミングも見(聴)逃せない。これもまた琉球らしさを損なうことなく、しっかりとロック、ポップス風味に仕上げている辺りは、氏の存在感の成せる業であろう。
サビでのシンバルの入れ方もいいし、フィルも申し分なくエモーショナルだ。

M3はくしゃみから始まったが、M4「SUCK’EM UP」は虫の音と犬の吠える声から始まる。作曲はKYONで、作詞も同氏だが、歌詞カードに“歌詞聞き取り不能”とあるということは、ほぼアドリブで歌ったものをレコーディングしたのだろうと推測できる。スカに近いリズムを持ったアッパーなナンバーで、その躍動感に乗って歌ったものだとすれば、それも頷けるところではある。KYONのアコデヨン(※註:歌詞カードの原文ママ)も流麗に鳴らされるし、エレピもご機嫌に跳ねていて、そのサウンドから多幸感が伝わってくるようではある。井上のギターソロは相変わらずカッコ良い音を鳴らしているし、全体のテンションに当てられたか、ルート弾きの小嶋のベースも間奏では派手な動きを見せている。
そこもM4の聴きどころではあろう。

ロックバンドらしさも顕示

M5「バリ島の日本人」もまたガムランの音からスタートするが、楽曲とはだいぶ雰囲気が異なるので、これはSEもしくはインタールードといった位置付けだろう。実は全楽曲の冒頭がそうした始まり方なのだが、この辺でそれをはっきりと意識する。そのガムランがフェードアウトして始まる本編(?)は、いかにもどんとらしい、ハッピーで景気のいい歌声から始まる。リズミカルでポップ。享楽的とすら思えるサウンドだ。しかしながら、《円高差益で好きほうだい(バリ島のジャパネオカネ)》《ぼったくられても よろこんで(バリ島のジャパネバカネ)》と、リリックはなかなか辛辣。シニカルな視線はロック然としている。作詞はどんとと小嶋になっているが、作曲者としてクレジットされているRodolfo Olivaresというアーティストのことを存じ上げなかったので、今回調べてみたら、この方はメキシコの“クンビア”の音楽家で、そのジャンルでは有名なアーティストらしい。“クンビア”というのも初めて聞いたが、これは[南米コロンビアの沿岸地方に伝統的に伝わるリズムと舞曲のこと。山岳地帯の音楽バンブーコと並びコロンビアを代表する音楽とされる]ということだ([]はWikipediaからの引用)。おそらく──正確な情報は入手できなかったので、これは筆者の想像でしかないが、有名なクンビア音楽に日本語詞を乗せたものだと思われる。

波打ち際の音(と鳥の声だろうか?)から始まるM6「MAKES ME FEEL SO HAPPY INSIDE BALI」は、歌詞は《Bali Bali Bali Island/Makes me feel so happy inside》のみで、タイムは2分ちょっとという短いナンバー。しかしながら、なかなか重要な楽曲だ。ディキシーランドジャズに少しばかりハワイアン要素を加えたサウンドのあとから、「Ceddin Deden(祖父も父も)」(※註:ドラマ『阿修羅のごとく』のテーマ曲としても使用されたトルコ軍楽)と日本の昭和の流行歌を混ぜたようなメロディーが聴こえてくる。しかも、演奏は井上と井ノ浦のふたりによるものだ(そう考えると、ブラスが入っているように聴こえるのは、あれはカズーで、どちらかが鳴らしているのかもしれない)。短い演奏、ふたりでの演奏にもかかわらず、多彩な音楽要素を取り込んでいる。しかも、ポップだ。実験的でもないし、ましてや衒学的でもない。楽しいのひと言である。作詞作曲は井上(作詞には“井上ケン一、Sedy”と表記されている)。夕焼け楽団~サンセッツのメンバーといった貫禄すら感じる楽曲である。

KYON が手掛けたM7「しらんぷり」はロックンロール。冒頭のSEが自動車の往来の音というのも何となく分かるような気もするワイルドさだ。シンプルなバンドサウンドでありながらも、歌のディレイが深めで、KYONのメインヴォーカルに小嶋のコーラスが追いかけるかたちも含めて、ベーシックなロックンロールというよりも、ポストパンク、ニューウェイブに匂いを感じるのは筆者だけだろうか。的外れを承知で言うと、アルファレコード時代のシーナ&ロケッツ的というか、テクノポップ以降にはこういうタイプのバンドがいたよううに思う。ロックンロールと言えども、ひと筋縄ではいかない海の幸である。

M8「ムスティカ」はどんと作詞作曲。冒頭ではまたガムランが鳴っている。歌詞カード内に掲載されているどんとの寄稿文によると、タイトルはバリ島で出会った現地の友人の名前とのこと。ということは、少なくとも歌詞はバリ島で書き上げたものになる。その寄稿文によれば《山にいるにわとりをつかまえて/蒸し焼きで食べよう》という歌詞は実話のようだ。ちなみに、その寄稿文には、どんとが現地の人たちにBO GUMBOSの「ずんずん」を披露したら大ウケしたというエピソードも書かれていて、なかなか興味深い。そういうと、かなりバリ島に傾倒した楽曲に思われそうだが、メロディーとサウンドにそこまでの南国っぽさはなく、BO GUMBOSのミディアムナンバーに近い印象で、とりわけCメロは実にどんとらしい。井上のギターソロも相変わらずカッコ良く、メンバー全員で堂々とロックを鳴らしている。

アルバムを締め括るM9「バリ島で見たニューオリンズの夢」は井ノ浦の作曲。タイトル通り、ガムランと神秘的なコーラスから、ニューオーリンズビートへと展開する。セカンドライン特有の躍動感を差っ引いても(?)、バンドサウンドは実にグルービーで、とてもいい状態で演奏し、録音されたことが分かる。歌詞はないが、それでも十分だ。どんとのシャウト、KYONのキーボードはいかにもBO GUMBOSだし、小嶋&高橋によるコーラスはいかにもZELDAである。サックスはM4にも参加しているオーストラリア人のジャズプレイヤー、イアンが担当。今回調べてみても、このイアンなる方のプロフィールがよく分からなかったのだが、歌詞カード内に掲載されている小嶋の寄稿文によれば、バリ島で行なわれた海の幸のライヴに参加したミュージシャンということだ。どういった経緯でレコーディングにも参加したのかは分からないけれど、そのバリ島でのライヴも現地で決まった様子だし、イアンは飛び入り的に参加した人なのかもしれない。いずれにしても、日本で何度も顔を合わせたミュージシャンではなかっただろうに、ここまで息の合ったプレイを聴かせていることも記しておかなければならないだろう。

音楽仲間が目指したハイブリッド

ここまで説明してきた通り、海の幸とは、ZELDAの小嶋さちほ&高橋サヨコ、久保田麻琴と夕焼け楽団~サンディー&ザ・サンセッツの井上ケン一&井ノ浦英雄、そしてBO GUMBOSのどんと&KYONによるプロジェクトである(ネットに残る海の幸の紹介では高橋が名を連ねていないものも見かけたが、入手したCDの歌詞カード内には高橋の名前もある)。もともとはフリーコンサートでシークレットライヴを行なうメンバーが集まり、その1回きりで終わる予定だったのが、小嶋曰く“一緒に音を出すのが楽しかったので、みんながまたやりたいと思ったのだ”という。そして、レコーディングの話が持ち上がり、“誰からともなくバリという地名が出た”ということである。その時点で、井上&井ノ浦がインドネシアの歌手のレコードを作るためにジャカルタにいたそうで、その辺も関係したのだろう。いずれにしても、レコード会社やマネジメントの主導のビジネスマターというよりは、気心が知れた音楽仲間同士、セッション時の楽しさ、テンションの高さのまま、作品作りに至ったという印象が強い。勢いで…というと若干語弊はあるだろうが、そこに用意周到な計画があったかと言えばそうでもなかったのだろう。そもそもプロジェクト名の海の幸も、シークレットライヴの話をしたのが寿司屋だったことからこの名称になったというから、適当と言えば適当なものではあったようだ。それでいて、この海の幸というプロジェクトは本作と次作『Indonesian Sea Food』(1995年)の制作まで活動していったわけであって、その辺からもアーティストの直感の確かさを感じるところである。

レコーディング先で見聴きしたものを楽曲に取り込んでいることは、それもまたこのメンバーならではの感性の成せる業だろう。ガムランやティンクリックというバリ島ならでは楽器を使用していることもそうだし、歌詞の内容もそうだ。前述した、M8「ムスティカ」の内容は間違いなくそういったものだし、M2「果物売りのババーのうた」もM5「バリ島の日本人」もバリ島レコーディングでなければ生まれなかったものであろう。そうした具体的なものだけでなく、バリ島ならではの空気が醸成したものは確実にあると思う。M1とM9「バリ島で見たニューオリンズの夢」はタイトルからもそれが分かるし、それ以外の楽曲にしても、バリ島でしか録れなかったものであったということが言える。加えて言うと、自らの持ち場を堅持しているという言い方でいいのかどうか分からないが、現地の楽器、あるいはメロディーやリズムを取り込み、バリ島ならではの空気感を纏いつつも、ZELDA、夕焼け楽団~サンセッツ、BO GUMBOSという、その時点での各メンバーが属していたバンドのサウンドをスポイルしていないところは忘れてはならない点だと思う。その時点での音楽的土台を守り、他のメンバーへのリスペクトしつつ、その先にあるハイブリッドな音楽を目指した──『熱帯の友情』はその時、その場でしか成し得なかった、まさにレコード≒記録なのだろう。

TEXT:帆苅智之

アルバム『熱帯の友情』

2000年発表作品

<収録曲>
1 .バリ島で見たニューオリンズの夢(イントロ)
2 .果物売りのババーのうた
3 .ちばらやーさい
4 .SUCK’EM UP
5 .バリ島の日本人
6 .MAKES ME FEEL SO HAPPY INSIDE BALI
7 .しらんぷり
8 .ムスティカ
9 .バリ島で見たニューオリンズの夢