■自販機の前にいるのに購入をあきらめてしまう現実「使い方がわからない」
井上さんがジハンピの開発に着手したのは、今から約3年前。そのきっかけは、当時感じていた「自販機業界全体の課題」だったという。
「まず自販機のキャッシュレス化があまりに進んでいなかったということ。当社で言うとキャッシュレス化できている自販機は2割ほどで、『この時代に、ここまでキャッシュレス対応できていない小売業なんてあってよいのだろうか』と自問自答していました。またキャッシュレス対応していても、10種類以上の決済端末が存在していて、それぞれ操作方法が全然違っていました。自販機の前で操作をしようとはするけれど、『使い方が分からない』と購入するのを止めてしまうお客様も多かったのです」
「これは自販機業界全体にとって良くないことだ」と危機感を感じた井上さんは、社内で自ら手を挙げてキャッシュレス自販機の開発に取り組むことに。元々営業畑だった井上さんは自販機のシステムの勉強から始め、自販機自体を解剖してみることでその仕組みを理解していった。
「自販機の仕様書を読みあさり、実際に自販機をいじってみて、どういう仕組みなのか、信号がどう流れているのか、を全部解析しました。いろんな方からお知恵も借りつつ、自販機をいじり倒して研究を重ね、キャッシュレス化について学んでいきました。
そもそもキャッシュレス化が遅れていた理由として、決済端末本体及び運用コストが高いという問題がありました。
■決済端末を顧客側に委ねる、”逆転の発想”によって低コストでキャッシュレス化を実現
キャッシュレス化のために自販機ごと変えるとしたら、コストがかかりすぎてしまう。そこでコストを低減化するために「ジハンピ」のアイデアが生まれたという。
一昔前までは、キャッシュレスはICカードでの決済が主流だったため、自販機側に取り付ける決済端末が高機能でなくてはならなかった。そこで井上さんが着目したのがスマートフォンだ。今まで自販機側に取り付けていた決済端末の機能は、すべてスマートフォンに備わっている。だから、自販機側の決済端末を顧客側のスマートフォンにに置き換えれば、自販機側の決済端末をシンプルかつ低コスト化できる。まさに”逆転の発想”である。
ユーザーは自分のスマホで「ジハンピ」のアプリを起動させ、自販機側の青い専用端末にタッチすれば購入できる。初期設定は最短60秒で、名前、年齢、性別などの情報登録は不要。余計な機能をそぎ落とし、簡単な操作ですぐ購入できるのが大きな特徴だ。
「情報登録を出来るだけ省いたことは、このアプリの特徴の1つだと思います。
しかもジハンピの決済端末は、既存の自販機に5分で後付けすることが可能。このシステムによって導入のスピードが飛躍的に伸びた。
「ルートセールスが、飲料の補充をすると同時に、決済端末を付けていくやり方です。5分で取り付けできるのが今までの決済端末と違うところで、それが可能だからこそ、このスピード感でキャッシュレス化を進めることができたと思います」
■後発アプリとしてシェアを伸ばすのが一番の課題に、ダウンロード特典で”3本無料”にした理由
これまでにないキャッシュレスシステムとして誕生した「ジハンピ」。ただしキャッシュレス自販機としては後発になるため、ユーザー数を伸ばしていくための施策として「アプリダウンロードで飲み物3本無料」キャンペーンを行うことに。
「ユーザー数を伸ばすのは正直一番の課題でした。アプリをダウンロードするのって意外と心理的ハードルが高く、そんなに簡単にしてくれるとは思わなかったですから。でも実際にジハンピの決済を3回体験してもらえたら、操作の簡単さ・スピードを感じてもらえるはず。そんな気持ちを込めて、この3本無料のキャンペーンに振り切りました」
ダウンロード特典として”3本”も無料にするのはかなりの大盤振る舞いという気がするが、そこには井上さんの”ある思い”が込められていた。
「アプリをダウンロードして初期設定をして、ようやく飲み物が買えた……となると、1回目は”購買の手軽さ”がよく分からないと思うんです。でも2回目、3回目と購入していただければ『すごく簡単で早い』と実感していただけるだろうと。社内からは『3本も無料にして大丈夫なのか』といった意見もありましたが、その時僕は『このままでは、自販機がなくなってしまうのではないか』というほどの強い危機感を抱いていました。
■失効しがちな「ポイントの小銭」を有効活用、競合を意識するよりも「お客様が求めることを行っていれば結果はついてくる」
「ジハンピ」はPayPayはじめとする13種のマネーブランドに対応し、楽天ポイント、dポイント、Vポイント、Pontaポイント、WAON POINTの5種類の共通ポイントとも連携。飲み物を1本購入すると1ポイントがたまり、貯めたポイントを使っての購入も可能だ。各ポイントに溜まっている”ポイントの小銭”をうまく活用できる点も「ジハンピ」のメリットと言えるだろう。
「積極的にポイ活している方はともかく、5つのブランドを全部管理して使いきるのは大変。大抵は1、2ブランドを使って、それ以外のブランドはちゃんと管理できてない方が多いと思います。そういうケースでも、ジハンピなら溜まった” ポイントの小銭”を失効しないうちに使っていただけるので、便利だと思います。
独自のポイントを作るという考え方もありますが、たとえば100人に『独自ポイントと共通のポイント、どっちが欲しい?』と聞いたら、みんな『共通のポイントが欲しい』と言うと思います。お客様が望むことを行っていれば、おのずと結果がついてくると思いますし、ジハンピはそこをかなり意識しています」
3月から全国順次展開しているジハンピだが、対応する自販機は順調に増え、4月末時点で早くも10万台を突破。当初に立てた「2025年中に15万台」の目標は、かなり早い段階で達成されそうな勢いだ。
「最初に3回使ってくださった皆さんから『これなら使い続けたい』『”3本無料”でやめるつもりだったけど、その後も思わず買っちゃった』というお声をたくさんいただいていますし、想定以上に多くの皆さんが使い続けてくれているようです。やはりピッとするだけで買える簡便性が最大の理由だと思いますが、そこにプラスαでポイ活の要素も乗っかってきていると思います。
まだ「ジハンピ」自体を認知してないユーザーもいるため、7月からはテレビCMも含めた広告を打つことで、さらに認知を広めていくという。
「アプリはあくまで脇役で、やはり主役は自販機です。我々はすぐに飲み物が買えるという自販機の本来の価値をしっかりと高め、”ピッとするだけで買える”体験をどんどん広げていきたいと思っています。競合他社さんは意識しないと言ったら嘘になりますが、あまり『追いつき追い越せ』というよりも、お客様により良いサービスをお届けして喜んでもらうこと、そして市場全体を活性化させることの方が大事だと考えています」