KADOKAWAが開催した言語の壁を超えた漫画コンテスト「ワードレス漫画コンテスト」に世界104の国・地域から1126作品の応募が寄せられ、8組の受賞者が選ばれた。現在、受賞作品は公式サイトで公開中。
セリフや書き文字などの言語に依存せず、純粋に画力で勝負するコンテストだけに、作画レベルは驚くほど高く、主催のKADOKAWAも大きな手応えを得ているようだ。そもそも世界中から「作画ができる人材」を募ることなった意図とは。コンテスト企画者に聞いた。

■持ち込みは特定の編集部に一極集中、SNSでも囲い込み激しく「漫画家さんの数が追い付いていないのが現状」

 日本の漫画に憧れ、本場・日本で漫画家デビューを夢見る若者が世界中にいる──。まことしやかに囁かれてきたそんな巷説が、KADOKAWA主催のグローバル漫画コンテスト「ワードレス漫画コンテスト」で証明された。初開催にも関わらず、応募本数は104の国・地域から実に1126作品。遠くアフリカの国々からの応募も多く、日本の漫画があまねく世界に普及していることを伺わせる結果となった。

 一方で、同社が国境や言語の壁を超えて応募できる漫画コンテストを企画した背景には、国内の漫画人材不足という漫画業界が抱える切実な事情もあった。

「昨今は電子コミックの普及により、漫画の供給点数がかつてとは比べ物にならないほど増えました。それに対して漫画家さんの数が追いついていないのが現状で、優秀な新人の発掘は各編集部の喫緊の課題になっています」(KADOKAWA グローバル電子書籍事務室 兼 海外マンガ編集部/富崎理紗さん)

 人口減少が続く日本国内だけで新人発掘をしていくのは、もはや現実的ではない。ただでさえ持ち込みや投稿は特定の人気編集部(『週刊少年ジャンプ』など)に一極集中し、SNSで逸材の絵師を見つけてもすでに他社に囲い込まれている……等々、新人発掘が昨今ますます困難になっていることを嘆く漫画編集者は多い。

「中でも不足しているのがコミカライズの人材です。
ライトノベルや異世界系を中心に原作は豊富にあるものの、コミカライズする漫画家は圧倒的に足りておらず、各社で争奪戦になっています。とは言え、ただ獲得競争に加わるだけでは、分母が広がるわけではないので根本的な解決にはなりません。未来の人気作家を発掘・育成する取り組みは、漫画編集者の欠かせないミッションです。そこで着目したのが、今はまだブルーオーシャンである海外漫画家志望者の発掘です」(KADOKAWA コミック第2局 グローバルコミック部部長 グローバルコミック編集部 編集長 兼 海外マンガ編集部 編集長 IP開発エグゼクティブプロデューサー/瀬川昇さん)

 もともと「ワードレス漫画コンテスト」は、優れた作画力を持った海外漫画家を発掘し、コミカライズ起用の可能性を模索するのが主な目的だったという。ところが蓋を開けてみたら「想像を超えていました」と瀬川さん、富崎さんは声を揃える。

「コンテストの設計上、絵が上手な方が応募してくださることは想定していました。ところが単にイラストレーター的に絵が上手なだけでなく、コマ割りや構図なども含む漫画表現として読み応えのある作品が非常に多かったです。これは嬉しい誤算でしたね」(富崎さん)

■ダイナミックなバトル漫画から、心情の機微を表現した少女漫画まで…「各国の文化的背景や世界観が垣間見える」

 受賞8作品は、現在「ワードレス漫画コンテスト」の公式サイトにて無料公開されている。いずれの作品も"COMIC"ではなく、明確な"MANGA"であることは読んでいただければわかるはずだ。

「日本の漫画の影響を下地としつつ、どこか各国の文化的背景や教育環境、世界観が垣間見えるのも興味深かったですね。たとえばオリジナル部門の銀賞を受賞した『Heartsteel』はインドの作家・masterlynxさんによるSF作品で、女性キャラクターの可愛さやロボットの精巧性、背景の書き込み、激しいバトルシーンの演出と、全ての要素において高く評価されました。しかし私が何より感銘を受けたのは、SFで勝負してきたことです。
SFは絵柄はもとよりストーリー構造も複雑になりがちなためか、日本の漫画コンテストでは題材にする応募作品は少ないです。IT先進国としてのインドのお国柄が、受賞作品からも伺えました」(瀬川さん)

 masterlynxさんがフェイバリットに挙げる作品は『ドラゴンボール』や『ワンパンマン』。応募作全体の傾向として「日本の漫画というよりも、少年ジャンプ作品の影響を感じる作品は実に多かった」と瀬川さんは振り返る。

 一方で、受賞作には日本的な"わび・さび"を感じさせる作品も。オリジナル部門の銅賞を受賞した台湾の作家・静さんの『雨の日も好きになるように』は、キャラクターの心情の変化を、雨や水たまり、氷、虹……と"水の形態変容"によって表現した幻想的な作品。日本の漫画表現で要になる“心情をどう描くか”ということが独自性をもって表現されており、「ファンタジーノベル系の原作をどんどん漫画化していける素養がある」と高評価を得ている。

「余白や間を重視した繊細な心情描写は、日本人の感性により近いものがありました。こうしたセンスを持った海外の漫画家さんを発掘できたことも、本コンテストの大きな成果でしたね」(瀬川さん)

■「グローバルな編集部が、世界のMANGA文化の発信地に」KADOKAWAの新たな挑戦

 現在、受賞者の8組には担当編集がつき、デビューに向けて準備中。編集者と作家がタッグを組んで作品を仕上げる日本の伝統的な漫画制作のスタイルを踏襲し、1年以内には同社の各コミックレーベルでデビューというロードマップを描いている。

「日本で漫画家デビューしたいという彼らの夢を、KADOKAWAの編集ノウハウを注いで大いに応援します。ただし作品の発火点は、必ずしも日本でなくていいと思っています。今後、ますます少子高齢化が進む日本において、日本人をターゲットに漫画を作るとなると、少なくとも低年齢層向け作品は商業的になかなか厳しいのが現実です。
しかし、たとえば東南アジアの国々などは、国民の50%以上が若者人口の国も多く、低年齢層向け作品でも勝負ができる。結果、日本に限定しなければ、ジャンルやターゲットの選択肢も増えます」

 現在、同社では欧州・北米・東南アジアを中心に19の海外拠点を展開している。各拠点に出版機能も備えており、世界中の読者に作品を届ける体制を着々と整えているところだ。

「さらに長期的には、海外拠点に作品を生み出す機能、つまり現地開発編集部を備える準備を進めています。海外の各拠点をボーダレスに繋ぎ、言葉の壁を突破したグローバルな編集機能体制を、数年以内には実現させたいと考えています」(瀬川さん)

 その第一段階として、この7月に新たに組織されたのがワードレス漫画コンテストを発展させた形で発足した「海外マンガ編集部」だ。同編集部では受賞者とともに作品開発を行い、活動をフォローするという。

「受賞者のみなさんが日本の漫画をリスペクトしてくれているのは、とてもありがたいことです。しかし今後はぜひ、各々が日本だけでなく世界の読者をターゲットにして作品を描いていただきたいと願っています。そこからグローバルヒット作品が生まれたら、世界のMANGA文化はさらにポジティブに発展していくはず。海外マンガ編集部およびその先に構想しているグローバルな編集機能体制が、その発信地になれるよう、世界中の優秀なクリエイターたちとコミュニケーションを深めていきたいと思っています」(瀬川さん)

取材・文/児玉澄子
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