■10年ごとの『INCLINATION』は「自分にとってのマイルストーン」
――『INCLINATION』シリーズも今回で第4弾を数えます。このシリーズはいわゆるベストアルバムとも違っていて、とても独特なものといえますよね。
そうですね。それまでの自分の10年間の足跡を、その時点でのいちばん新しい自分と繋ぎ直すための作品として始まったように思うんですね。その意味合い自体は今も変わっていないんですけど、出すたびに自分でもその重みを感じるようになってきてはいます。『INCLINATION II』を出したときには『~III』までは頑張らなきゃな、という気持ちがありましたし、その次は『~IV』まで行きたいな、と……。私は具体的な目標というのをあまり持ったことがないんですけど、このシリーズが自分にとってのマイルストーンのようなものになっている気がしますし、その意味ではよりいっそう作り甲斐を感じるようになってきています。
――ずっと同じ道を進んできているようではあっても、10年単位でその流れをまとめることによって、ご自身の中でもそれを再確認できるようなところがあるわけですね?
その10年間の傾向というのを、自分でも改めて知ることになるんです。時間が経ってからわかることってあるじゃないですか。
――つまりこのシリーズ作品の制作は、偶然が必然であったことを確認する作業でもあるわけですね。同時に感じさせられるのは作品ひとつ、楽曲ひとつの重みを本当に大切にされているんだなということです。たとえば新作アルバムを出して、ツアーを一周すると、その大半の楽曲たちとはそこでお別れ、みたいなケースもよくあると思うんです。そうはありたくない、という気持ちが透けて見えてくるように思います。
ええ。本当に1曲1曲をちゃんと作っているという自負があるんですね、当たり前のことですけど(笑)。だからそういう意味では、オリジナルアルバムや楽曲の優劣というのが自分の中ではほぼ皆無なんです。
■「1から10まで自分でやっている」知られざる制作の舞台裏
――オリジナルアルバムが登場するたびに「何故この人はここまで1曲1曲に根を詰められるのか?」と思わされるくらい、限界ギリギリまで自分を追い込みながら作品づくりに勤しんでいるのが伝わってきます。そういった自負も当然あるはずですよね?
はい、毎回大変です(笑)。初期の数枚については置いておいて……とはいえ新人の中ではだいぶ頑張っていたほうだと自分でも思っていますけど、アメリカで制作をするようになった頃からは、もう本当に何もかも自分で判断しないと進まないような状況で取り組んできましたので。それからすでに40年ほど経っているわけですけど、自分でも本当によくやってきたなと思えるくらいです。今でももちろんそうですし。私の場合「歌詞を書いて歌ってます」というだけではなく、1から10まで自分でやっているわけなんです。それこそ参加ミュージシャンについても、スケジュールや金額的な交渉も含めて自分でオファーしていますし、最近ではミックスの作業についても自分で卓にかじりついてやっていて。もう本当に最初から最後まで自分でやっているんです。
――「すごいミュージシャンたちの協力を得ながら歌っているだけ」では全然ないんですよね。
私の場合、特にそう見られがちなところがあった気がします。なぜだかはわからないんですけど(笑)。
――今回収録されている3曲の新曲にもクリス・ブロデリック、デレク・シェレニアン、マイケル・ロメオから高崎晃に至るまで凄腕の著名ミュージシャンたちが参加していますけど、そうした人たちに任せてしまえばもっと楽ができるようにも思うんですよ。
いえいえ、それは無理ですね(笑)。どんなに技術力が高くても、すべてをお任せはできませんね。これまで相当な数の有名ミュージシャンとコラボレートしてきたほうではありますけど、その経験を通じて学んできたのは、有名無名は関係ないということ、その人のいちばん素晴らしいところをいただくつもりで臨まなければいけないということですね。
――麻里さんの場合、誤解を恐れずに言えば、そうしたミュージシャンたちの演奏音源をそのまま使うわけではなく、あくまでそれを素材として用いながら再構築しているところがあるわけですよね?
ええ。特に近年ではその傾向がいっそう強まっています。最近ではリモートでのやり取りも増えてきて、そういった作業がよりやりやすくなってきている部分もありますけど、アメリカに制作現場を置いて現地のミュージシャンたちと直接やり取りしていた当時も「ここの素材がまだ十分じゃないな」とか「このコード進行でこういうフレーズを弾いてもらえればイントロで使えるな」と思えば、もう1テイク要求してみたり。そういうことを全部考えながら、自分で直接やってきたんです。もちろん時にはそういう指示をすることをうっかり忘れてしまうケースもあるわけですけど(笑)、そういった場合の対処の仕方なども含めて、かなりノウハウを身に付けてきたほうだと思っています。
■ボーカリストとしての仕事量は「全体から見ると30分の1ぐらい」
――要するにプロデューサーとしての仕事量が半端じゃないわけですよね?
そうですね。制作時のボーカリストとしての仕事量は、全体から見ると30分の1ぐらいじゃないかと思います(笑)。ミュージシャンとのやり取りとか、本当に細かいところでの指示とか、ミックス段階での作業とか、そういったことが占める割合のほうがずっと高いんです。コーラスとかバックグラウンドのボーカルパートを作っていくのは、ある意味、キーボードのアレンジの作業に近いものがあるので、それなりに時間も手間もかかるんですけど、メインボーカルについては、残すのはワンテイクなので。
――肝心のボーカルについてそれだけの確信があるからこそ、そうした作り方ができるんでしょうね。ただ、完璧な演奏をしている自負があるはずの参加ミュージシャンたちにさらなるテイクを求めたとき、険悪な空気になるようなこともあるんじゃないですか?
まったくないとは言いませんが、あんまりないです(笑)。そこは人と人とのやり取りですし、最大限のリスペクトを持ちながらお願いしているつもりです。その気持ちがちゃんと相手にも伝わっているはずですし、みなさん私のスタンスも理解してくださっているはずなので。実際、内心では「またか」「しょうがねえな」と思われているのかもしれませんけど(笑)、最終的にはみなさんこちらの意向を受け入れてくださいますね。特に今回の新曲3曲については、初めて参加された方はいなかったので、そういったことが問題になることはありませんでした。この3曲については、あまり深く考えずに今現在の自分がいちばんやりたいものを形にしたという感じです。作曲者についても参加ミュージシャンについてもそうなんですけど、私と一緒にお仕事していただくことで、何かその方にもプラスになることがあればうれしいですし、そこで得たものがあれば他の場でも使っていただければいいなと思っているんです。
――それがコラボレーションの理想でもあるように思います。しかしテクノロジーの進化も止まらないだけに、近年はとことん突き詰めようとするとさらに大変なことになってきているんじゃないかと思います。そこで終わりのないスパイラルに迷い込んでしまうような感覚になったりはしませんか?
本当に大変ですよね。ただ、そこで堂々巡りしてしまうという感覚ではなくて、結局はやればやるほど良くなっていくことが経験上わかっているので、やるしかないなと思っているんです。だから「なんで浜田麻里はこんなに作品づくりに時間がかかってるんだろう?」とみなさん思われているかもしれませんけど(笑)、それはちゃんと仕事しているからであって。もっと要領よく作る方法もあるんでしょうけど、結局そこにあまり魅力を感じないのかもしれません。
■プロフィール
浜田麻里(はまだ・まり)
1983年4月にアルバム『Lunatic Doll』でデビューし、ヘヴィメタルの女王としての地位を確立。1988年のソウルオリンピックのNHKイメージソングとなった「Heart and Soul」、翌1989年にリリースした「Return To Myself」など、多くのヒットとともに幅広い音楽性を築き、今なお、日本の音楽シーンに多大な影響を与え続けている。近年の活動においてもハイクオリティなロックアルバムを発表し、精力的にライブ活動を行うなど、独自の音楽性と歌唱表現を追求し続けている。


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