来たる11月、ロシアの伝説的なロックスターBGが仲間たちとコンサートを行うため日本を訪れる。

 BG(ロシア語読みではベーゲー)とは、ボリス・グレベンシコフ(1953年生まれ)のイニシャルで、ニックネームのようなもの。

彼は72年、レニングラード大学(現サンクト・ペテルブルク大学)在学中にロックバンド「アクワリウム(水族館)」を結成した。当初はアングラで演奏活動をしていたが、80年代半ばにペレストロイカ(改革)が始まると次第に表舞台で活躍するようになり、87年にはソ連で初めてメロディア社から公式アルバムを出して人気を博し、以来ロシア・ロック界をずっとけん引してきた。

 2022年、バンド結成50周年のこの年、ロシアによるウクライナ侵攻が始まると、グレベンシコフは直ちにこの戦争を「狂気の沙汰」であると批判して故国を後にした。現在は、ロンドンを拠点に世界ツアーを精力的にこなしている。秋の日本でのコンサートもこのツアーの一環とされる。

 グレベンシコフは以前から反戦の立場を貫いてきた。ペレストロイカの時期にも、14年にウクライナでマイダン革命が起こった時にも、また今回の戦争が起こった直後にも、反戦歌「僕が言わなければならないこと」を歌ってきたのだ。これは、もともとはアレクサンドル・ヴェルチンスキーという詩人で芸術キャバレーの歌手がロシア革命のさなかに作った反戦歌である。

 「なぜなのか、だれに必要なのか、僕はわからない/手を震わせることもなく彼らを死に追いやったのはだれなんだ/あんなに情け容赦もなく、あんなに邪険に、必要もないのに/彼らを〈永遠の眠り〉につかせるなんて!」。戦争に対する嫌悪と殺された人たちへの憐憫(れんびん)がストレートに胸に迫る歌詞である。

 グレベンシコフ自身が作詞作曲し23年9月に発表したミニアルバムは、あからさまな政治的メッセージは感じられないが、よりアイロニーと象徴性に満ちた、文学性の高い4曲から成る。他のグレベンシコフの作品と同様、プーシキンやオクジャワらのさまざまなロシア文学作品への言及や引用がちりばめられているのが特徴だ。

 アルバムの発表とほぼ同時に、ウクライナの子供たちを支援する慈善活動にも本腰を入れ始めたグレベンシコフ。「沈黙はガンのようなもの。内側から体をむしばむ」と語り、沈黙せずに自分なりの行動をすることを心がけているという。今は「アクワリウム」ではなく「BG+」へとバンド名を変え、「水族館」から出て世界の「自由の大海」を泳ぎまわっている。

 さて、日本のコンサートではどの曲を披露してくれるのだろう、今から待ち遠しい。

沼野恭子(ぬまの・きょうこ)/1957年東京都生まれ。東京外国語大学名誉教授、ロシア文学研究者、翻訳家。著書に「ロシア万華鏡」「ロシア文学の食卓」など。

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